ある問い合わせのブルース

 本日、ある問い合わせがあった。4月ごろ1度塾見学に来られおよそ8か月後に再度電話をして来られた保護者である。ちなみにこのご家庭は双子で、どちらとも現在近くの塾に通っておられる。


保護者「あの・・以前授業見学をさせていただいた( )ですが・・・先生、お時間よろしいですか・・」

俺「( )さんですか・・。あ・・はい、覚えております。」

保護者「実はあれからもずっと考えておりまして・・」

俺「まだ塾には通っているんですよね?」

保護者「ええ、そうなんですけど。相変わらず、先生は怒らないし、宿題をやってもやらなくてもあまりチェックもされないし・・。本人は先生が優しく、お友達も多いから気に入っているんですけど親としては、これじゃあ、ただ遊びに行ってるだけなんじゃないかって・・・」

俺「まあ、大きな塾の場合はだいたいそうなりますね」

保護者「特に上の子が全然やる気がないみたいで、それでもやっぱり塾の先生は怒らないんですよね。実は前回見学させてもらった後、別の大手塾にも1日だけ体験に行ったんですが、そこもまあ今の塾と同じような感じで。でも、電話攻勢がすごくって(笑)。かたや先生は1度も電話かけてきませんでしたよね。だから、それがかえってものすごい印象的で・・」

俺「はい、私はお電話番号も存じ上げませんし(笑)。まあ、普通は塾にとって生徒や親は大切なお客さんですからね。」

保護者「先生のところだったらうちの子みたいな生徒は絶対に怒られますよね?」

俺「状況にもよりますが・・ええ、まあ間違いなく。」

保護者「うーん・・・このままでいいのかと・・親としては先生の塾に入れたいのですが、お友達のお話(俺のことを相当怖いと言っている)や前回の見学ですっかり怖気づいてしまって・、なかなか行くって言わないんですよね」

俺「本人が『行きたい』とは言わないまでも、『行きたくない』という状況まで後ろ向きならうちの塾はダメですね。私は子どもを遠慮なく怒りますし。やる気の部分に関しては、場合によってはお辞めいただくこともあります。」

保護者「ああ、そうなんですね。本人も今の塾にそれなりに楽しく通って不満もないというのがまた・・」

俺「そうですよね。しかし、私が個人的に思うのは、小学生や中学生の塾は子どもに決めさせるのではなく、親が信頼して預けられるところにするべきだというのはあります。小中学生に塾の良し悪しの判断はできません。」

保護者「ああ・・・なるほど。近所の◎◎さんや××さん、それから最近入ったと思いますが△△さん、どなたにお聞きしても先生の塾を大絶賛されていて・・。それにお話していると、失礼ですが先生がそんなに恐い方には思えないんですけど・・」

俺「今、お名前を出された方たちもみなさん、1度は怒られています。泣きながら迎えの車に乗り込む姿もあったでしょうし、子どもが塾をやめたいと訴えたこともあったでしょう。ショックで1時間ぐらい泣きやまなかった子もいます。ですから、私の塾が絶賛されるような大そうな塾というより、保護者の方のご理解があるということですね。」

保護者「その点、下の子は普段あまり怒られるようなことはしないので打たれ弱い気がします。上の子は態度や発言が悪いことがあり、さんざん私から怒られてもケロッとしてますから堪えないと思いますが・・。」

俺「ああ、あの、こう言っては変ですが、親御さんや学校の先生から怒られるのと、私から怒られるのはまったく別世界、別次元とお考えください。今まで味わったことのない強烈な衝撃だと思います。親や学校の先生から怒られて平気だというレベルでは、うちで大丈夫かどうかの判断材料にはなりませんね。」

保護者「・・そんなに・・ですか・・。えー・・・お話していると全然そんな感じがしないのに、想像がつきませんね・・・。」

俺「そうなんですよ。想像を絶する怒られ方と思っていただいていいと思います(笑)。」

保護者「ちなみに・・・どういう時にどんな感じで・・?」

俺「そこは案外シンプルです。誤解していただきたくないのは、無闇に怒ることはしません。私が厳しく怒るのは、絶対に許せないことをしたときです。3つあるんですが、1つはやる気がない態度を見せた時。2つめは、宿題をやってこなかったとき。3つめが、わからないところをそのままにしたときです。それ以外で怒られることはほとんどないので、塾生にも怒られない子もたくさんいます。

保護者「ああ、それは3つとも本来大切ですよね。でもそういうのをきちんと厳しく指導していただけることってないですものね・・」

俺「はい、ほとんどないと思います。私は子どものダメなところはダメだとはっきり言います。言い訳や反論は一切させません。他の誰かのせいではなく、完全に君がが100%悪いのだと認めさせます。もちろんそれによって子どもは傷つくでしょう。これが成長するために大切なことだと思いますので。」

保護者「でも、それでみなさんよくついて来られてますよね。」

俺「もちろんみんなではありません。今、私がお話しているように、入塾前にこれだけ念を押した上で塾に入っても、途中で辞める方はいます。それでもここ数年はだいぶ退塾者は減りましたけど。ですから、本人に少しでも頑張りたいという気持ちがあることと、親が子どもと絶対にやめさせないと固く約束をしない限りは難しいですね。それを乗り越えたら、学力も精神力も必ず強くなります。」

保護者「・・・んー・・・どうしましょう・・・」

俺「私の塾に興味を持っていただいていることは大変ありがたく光栄なことです。ただ、私も真剣にやってますので、預かるからには全面的に任せていただきたいし、せっかく受け入れたのに続かずに途中でやめる可能性があるならば最初から入れない方がいいですね。」

保護者「これまでの塾のイメージではダメだと言うことですね・・」

俺「そうですね。適切な喩えではないかもしれませんが、私の塾に入る場合は、子どもを修行する寺か武道場に入門させるぐらいの気持ちでちょうどいいかもしれません(笑)」

保護者「(笑)なるほどー、そうですね。わかりました。」

俺「では、十分にご検討下さい。」


ねえ?いいのこれ?

こんなんで俺の塾イイの?新規入塾希望、しかも双子だよ?閑散とした小学生のクラスだよ?(笑)しかも、親はかなり気持ちが傾いてるんだよ?それなのに、こんなトークでいいの???



まあ、いいんだよこれで(笑)。みなさん、笑っといてください。




ロカビリー * 経営のブルース * 22:11 * comments(0) * -

塾(俺)から見た「イカン保護者」

 数日前に、塾に対する「子どもの評価」という話を書いた。今回は反対に、一般保護者の読者の方向けに「塾(俺)から見たイカン保護者」という内容の話を書きたい。

ただし、これはあくまで俺の塾の場合であるので、「お客様はみな神様です」という塾の場合は当てはまらない点が多々あることを予め断っておく。

俺の塾は公立の小中学生を対象とした塾だ。塾長である俺が全学年、全教科を教えている。1学年10名前後で、保護者が最も関心が高いと思われる成績やトップ校・上位校への進学に関しては、少なくともこの地域内で他の個人・中小塾から大手まで、あらゆる塾を相手にしても(生徒数以外で)後れを取る要素はまったくなく、それどころか1,2を争うと自負している。


さて、ここからは俺から見た「イカン保護者」の例を本音で書く。(青文字は俺の対応


(1)問い合わせで名乗らないのは別に構わないが、見学や体験の予約をしたのにその時間に来なかったり、コロコロ予定を変更したりする親。入塾後も面談時間に遅れたり忘れたりして、とにかく約束事にいい加減。論外。厳重注意もしくはその時点でお断り。

(2)授業料の口座振替において、預金不足が頻繁にある親。2回目ぐらいで文書を渡し、以後も続けば最後通告。これまで最後通告以上のことはなかったが、もしも続けば滞納分をきっちりお支払いいただいた後、退塾。

(3)持ち物管理ができない子どもを改善させることなく放置している親。これは仕方がないので、俺と親とで役割分担をし、改善に向けて働きかける。

(4)子どもに強権発動ができない親。たとえば携帯電話やゲームの所持・使用、外出や門限について放任。「私(親)の言うことは聞かないので、先生の方から言ってください」が口癖。これは俺から生徒に強く働きかけ改善に向かうよう努めるが、親の態度が変わらず状況が好転しなければ退塾を促している。

(5)子どもを溺愛しすぎている親。たとえば、子どもが塾に行きたくないと言えばすぐに休ませる。特に共働きで祖母と暮らしている場合、そのおばあちゃんが欠席の電話をかけるなど、子どもを甘やかす最大のパートナーになってしまうことが多い。俺の塾では軽微な理由の欠席は認めていない。また、病気であっても学期に複数回欠席があれば退塾を促している。

(6)子どもの宿題や勉強を手伝う親。小学生ならばむしろ協力してもらうこともあるが、中学生は原則しないようにお便り等でお願いしている。過去に「ノートまとめ」を手伝う中3の保護者がいた。小学生ならば「自分で考えさせ、それでもわかない場合は次回、自分の口で私に質問するように伝えてください。どうしてもという場合は、答えだけは絶対に教えないでください」とお願いし、中学生ならば「生活面・健康面のケアはしっかりしてもらい、勉強の内容には一切関わらないでください」とお願いする。

(7)子どものテスト結果や成績を知らない親。「子どもが教えてくれないんですう〜」と平気で言う。子ども、保護者双方に厳重注意。また、志望校を子ども任せにしている保護者もダメ。テスト結果は親子ともに注意し、志望校に関しては保護者の意見を50%は入れるように促す。

(8)厳しい成績だった子どもが頑張ってテストで点数が上がったのに、子どもを一言も褒めない親。当然、塾に対しての労いの言葉の一つもない。何十点上がっても表情一つ変えず、その後、もし数点でも下がろうものなら途端に不満顔になる。これに関しては、子どもの努力と成果に対してはきちんと言葉で認めるように促している。塾に感謝の言葉など期待していないが、面談の際に「今回は○○君/○○さん頑張りましたね」とこちらが言うと、淡々と「まあ、前が悪すぎましたからね」と、まるでこのぐらいの成績が取れて当然みたいな態度はさすがに俺も腹が立つので直接注意している。

(9)中学生の子どもに過干渉。言い換えれば、子どもをまったく信用していない親。家での動態をガチガチに管理し、少しでも点数が悪いと子どもをギリギリと責め、頻繁に塾に相談の電話をしてくる。この場合、電話はいつでも受けるが、子どもへの過干渉をやめるように強く促している。

(10)家族旅行を季節講習時にいつも長期で入れ、講習を欠席する親。これも入塾前に確認を取っており、特に中学生は1か月前には予定を渡して調整をお願いしている。また俺の塾は季節講習「特訓」は任意参加ではなく強制参加。欠席は認めていない。小学生の場合ならある程度(数日出れない程度)認めているが、中学生は協力してもらえない場合は退塾を促している。


(11)家庭の都合で「この日は休むから別の日に振替授業をしてほしい」とか「明日は子どもが朝早いので今日の塾はいつもより早く終わらせてほしい」なとど要望する親。却下。

(12)「今日は定期試験前なので、家で勉強するから休ませます」という親。却下(塾規程に明記)。

(13)塾に任せようとない、言い換えれば信用していない親。自分の子どものことは自分が一番よくわかっていると思い込み、子どもが抱える重大な悩みや問題、可能性等についてこちらの提案やアドバイスをまったく受け入れようとせず、またそのような態度をあからさまに出す親。俺はこの手の親には場合によっては電話か面談で呼び出し、徹底的に論戦する。


うーん。

ここまで書いて何だが、一般の保護者にほとんど参考にならないような気がしてきた。たぶん、こんな塾はあまりない(笑)。








ロカビリー * 経営のブルース * 23:26 * comments(0) * -

良い環境にドンブリ経営あり

 この4年ほど、本当に経営のことをほとんど考えないようになった。塾と俺の生活を維持できる最低限の収入だけ把握しておいて、それよりも収入が上回っていることが分かれば、もうまったく経営のことを考えない状態が続いている。

もちろん、そういう思考でやっているから、経営のことに細心の注意を払って積み上げたピーク年度に比べたら、数百万円減の状態。まあ、ぶっちゃけると400万円強の減収(笑)。しかし、強がりではなく、そんな薄氷を踏むような状況になってから、個人塾をやることがどんどん面白くなってきた。授業のことだけを考え、生徒のことだけを考えることに集中できる環境がすごくいいのだ。

たとえば「生徒を増やそう」とする意識が限りなくゼロになり「生徒を減らそう」という意識さえ出てくるようになった。具体的には、4月段階で中1が3名という時期があったとして、普通の経営者ならこの時期、中3が抜けた後で経営への打撃が大きくなるので焦りや不安に陥りやすいと思う。だが、俺は「よし、この3人をガッチリ鍛えて、高得点を取らせ、親や学校の友だちをビビらせてやろう!」と指導に力を入れる。そういう勢いはそのうち伝播し、途中、同じ学校の生徒から問い合わせがあるのだが、誰でもウェルカムにはせずに、タイミングが悪かったり、親や子どもの態度が悪かったりしたら断る方向で話を持って行く。俺にとっては、クラスの人数が増えて収入が増えるよりも、「この3人に悪い影響が出ないかどうか」が優先される。自分でここまで書いて何だが、本当にトンデモナイ話だ(笑)


あと、開校当初は小4クラスがあったのだが、毎年生徒が1人だけという状態が続いていたときも、このクラスの人数を増やそうとはせずに、1人をマンツーマンで見て、もしも翌年の4月時点で新小4がゼロになったら即「募集停止」にしようと思ってきた。それで一昨年、実際にそういうケースになって小4は即廃止。現在は小5からの募集にしている。実は、小5も現在1名だけなので、来年4月時点で新小5がいなければ、小5も廃止する予定だ。

募集を停止したことによってできた時間的な余裕は、教材作りや入試研究の時間にあてられる。そして、自分の体を休める時間にもあてられる。まあでも、時間は中3のために注がれることが多いかな。

そうこうしているうちに、中3クラスを筆頭に、いつのまにか各学年とも俺の指導に適正人数になる。今は10人ぐらいが目が行き届いていい。

俺の理想は、まあ、実現は難しいとは思うが、晩年、つまり、いつの日か自分で決めた塾閉鎖のカウントダウンの時期になったら段階的に生徒募集を停止して、最後は中3を3〜4名だけでやることだ。1年間すべてこの3〜4名のためにやる。俺の塾講師経験のすべてを投入してね。いや、1人だけでもいい。もちろん、経済的な課題がとてつもなく大きいから難しいけどね。

でも、やっぱり塾は金のことを考えずに、授業のことだけ考えてやるのが一番面白いよ。それで食えていれば取りあえず言うことないよね。技術や経験はないが、青臭い情熱、根拠のない自信と気魄だけでやってた若い講師の気持ちのままでできるんだからさ。だから、ここ数年の俺は塾講師としては相当恵まれた環境で仕事ができていると思う。こんな超消極的ドンブリ経営で(笑)。
ロカビリー * 経営のブルース * 23:05 * comments(0) * -

子どもが通う塾

 先日、他地区に住んでいる保護者の方と話をして「なるほど」と思ったことがある。


その保護者は現在、塾を探しているそうで、現在子どもは塾通いをしていない。大手がいいのか、中小規模がいいのか、集団がいいのか個別がいいのかも迷われていた。

そんな中でいくつか問い合わせをしたり体験させたりしながら、子どもの意見もふまえ親として総合的な判断をされている最中のようだった。塾に子どもを通わせたことのない親にとって、塾のどういうところを見て良し悪しを判断すればいいのかは確かに難しいかもしれない。

その保護者の方の話で興味深かったのは、いくつかの塾に問い合わせた時に(仮にA塾、B塾、C塾とする)、子どもがシニア野球をやっている関係でどうしてもある曜日に来れない旨を伝えたあとの各塾の返答とその保護者の感想だった。

A塾とB塾では「わかりました。なんとかフォローします」という返事。

C塾だけは「その曜日に来れないのであれば、うちでは受けられません」という返事だった。

その保護者の感想は「C塾がいちばんしっかりしている塾かも知れない」というものだった。


相互のニーズや都合にもよるが、なかなか考えさせられる話である。

このブログは一般の保護者の方も見ておられるようなので、俺の独断による簡単な塾チェックを書きたい。現在、塾を探している方あるいは塾に通わせているが大丈夫なのかと不安な方の参考になれば幸いである。

【保護者目線】
○納得できる料金か(料金が不明瞭でないか)
○自分の子どもを信頼して預けられる人物か(誠意・熱意・手腕)
○事務連絡が遅れがちではないか(いい加減な印象はないか)
○塾通信や文書の内容が浅薄で稚拙ではないか
○「うわ〜この先生、うちの子をよく見てるわ〜」と驚いたことがあるか
○成績だけでなく、子どもの勉強に対する姿勢の変化は見られるか
○担当の先生が予告なく年度途中で代わることはないか
○子どもが先生に対して尊敬の念・信頼を寄せている様子が感じられるか


【子ども目線(塾内の様子を子どもに尋ねてみてください)】
○教室は清潔か
○授業中に勝手な私語があるか
○遅刻者や欠席者が毎回いるか
○テキスト・筆記用具等の忘れ物をする生徒は毎回いるか
○授業中、寝ている生徒はいるか
○先生は生徒のことを何と呼んでいるか
○生徒は先生のことを何と呼んでいるか
○先生は宿題や確認テストの不勉強に対して厳しいか
○残って教えてもらっている生徒はいるか
○質問をする生徒はいるか

細かく挙げればキリがないので、まあ、このあたりをざっと確認して、あとは「どうあるべきか」に関しては各保護者が判断すればいい。

俺が塾を開いてから実際に耳にした他塾の状況(実際に通っていた子どもまたは保護者・勤務していた講師談)で「おいおい」と思った主なものは

○生徒が授業中に菓子を食っている(通常で)
○授業中に寝ている生徒がいても注意なし
○授業を抜け出す生徒がいる
○先生を呼び捨てやニックネームで呼ぶ(敬語なし)
○生徒が授業中に机の下で携帯でメールをしている
○先生が酒に酔っている(推測)
○先生が演習中居眠りをしている
○先生に学習内容の質問をすると答えをもう1度言うだけか、ムニャムニャとごまかす


すげぇよな。いろんな塾があるもんだ。










ロカビリー * 経営のブルース * 22:25 * comments(0) * -

となりの芝は何色か

 

「できる生徒」と「できない生徒」、教えるのが大変(またはラク)なのはどちらか。


中学生と高校生、中学受験の小学生、教えるのが大変(またはラク)なのはどちらか。


1人でやっている塾と組織の塾、経営が大変(またはラク)なのはどちらか。


こういうのは塾の仕事をやっているといろいろなところで見聞きする議論だが、本当に優れた塾経営者や現場指導者になるほどこういう己に甘えた考えは出てこない。結局、こういうことばかり言うヤツは、自分がやっていることがいかに大変で、他人がやっていることがいかに楽か、という無根拠なことを語りたいだけなのだ。結局、となりの芝が青く見えるどころか金色に見えてしまい、自分が置かれている現状の不満を他人に訴えて認めてもらいたいだけだ。こういうネガティブな濁流思考をもつと、仮に自分の立ち位置が180度変わっても、言うことも180度変わるだけで結局同じことになる。
ひとたび関わろうとすれば、暗澹陰鬱な気分にさせられるだろう。

優秀な人の考え方というのは、となりの芝の見方もおおよそ反対だ。自分が置かれている環境に対して恵まれていると考え、他人が置かれている自分とは異なった環境に敬意を払うことができる。


「学校の授業もままならない生徒の指導はさぞかし大変でしょう?」

「確かに大変ですが、トップ校を狙うような生徒たちを満足させる教科指導やメンタルケアも大変だと思います。」

「教務も経理もすべて1人でやる個人塾は大変ですね。私にはできません。」

「いえ、スタッフの方を何人も抱えられている組織の塾経営者のご苦労に比べたら1人でやるほうがよほど気楽ですよ。」

このようなポジティブな清流思考は議論をどんどん建設的にする。

自分が大変だなんていいはじめたらキリがない。そして、そういう甘ったれたことを言い始めた時点でその人間の進化は止まる。「たとえダメでも許してね」と言っているに等しいのだから。

まあ、結局は本当の意味での自信の有無なのだろう。

平均点が50点のテストの満点と、平均点75点のテストの満点はどちらが価値が高いか。公立高校入試の倍率が1.5倍の地域と、1.1倍の地域ではどちらの地域の塾が大変か。サラリーマンと自営業はどっちが大変か。公務員とサラリーマンはどっちが大変か。

こういうことにも言えると思う。


自分が立っているところで自分のベストを尽くす。自分とは環境の違うところで頑張っている人に敬意を払う。そういう考えになるためには、不満や嫉妬を四の五の言う暇があったら、自分が立っている地面の芝の色を自分で金色にすることだ。

ロカビリー * 経営のブルース * 16:41 * comments(0) * -

スタッフは、仲間か駒か消耗品か

 俺の塾では中3の年度途中の入塾は認めていないのだが、春期終了後に滑り込みで大手塾から入塾を希望したいという問い合わせをもらった。俺は他の塾から転塾してくる生徒や保護者には、塾通いが初めてというケースの何倍も慎重になる。塾はコロコロ変えるもんじゃないしね。

その生徒は中1からそこに通い続けて来たにもかかわらず、なぜに今頃塾を変えることを選択したのか。それが気になった。聞くところによると、ずっと信頼していた英語の先生が予告なく突然いなくなり、先生が交代したことで塾への不信感が起きてしまったらしい。実は、この大手塾、数年前にも社会科の先生で同じことがあった。ちなみにその時も、中3になる変わり目で、生徒は俺の塾を体験して授業を気に入り、塾を変わることに気持ちが相当傾いていた。ただ、俺は前の塾に黙って体験を受けていることが気になり、うちの塾に入るのなら、今通っている塾に「筋通し」をしてからおいでと伝え、その生徒はその旨言いに行ったところ、主要スタッフ総動員で「引き止め」にかかられ、結局、俺の塾には入って来なかったということがあった。

小さな塾では、塾長と一緒に働く講師たちとの人間関係は意識として「仲間」であったり「家族」であったりすることが多く、そういう塾は雰囲気も良く、塾長が仲間を大事にするように、講師たちも生徒を大事にする。講師1人ひとりがone of themではなく、only one であり、「あなたがいなくては困る」存在なので、それが講師にも伝わり意気に感じる。その雰囲気は生徒たちにも伝わり、両親の仲が良い子どもが明るく素直に育つように、塾の先生同士が仲のいい塾は、いい生徒が集まる。事情があり、誰か先生がやめるとき、誰か生徒が退塾するときには、まるで家族を失ったように沈痛な空気に包まれ、逆に、新しい先生が入った時、新しい塾生が入った時は、新しい仲間を迎えるような温かな雰囲気になる。

しかし、規模が大きくなると、こういう意識の繋がりを保つことはだんだん困難になる。経営母体を維持するために、経営者は軸を「人」から「金」へシフトする決断に迫られる。少しずつ心が人から離れ、講師や生徒の存在も変節し、建前と本音の間に乖離が生まれ、それまで構築してきた信頼関係が徐々に疑念にかわる。

俺は以前、その辺をはっきり割り切った経営者に話を聞いたことがある。福祉施設の経営なのだが、この業界は薄給で重労働なために離職率が高い。そうすると労働集約型の職場は万年人不足になるので、経営者は何とか給料を上げたり、職員旅行を企画するなど待遇をよくしたりして職員を繋ぎとめようとする。しかし、俺が話を聞いた経営者はそういう配慮をほとんどしない人だった。最初から「辞めていくことを前提」としてドライな処遇に徹しているのである。給与水準も他の施設よりも安くしている。本当に必要な職員以外は、むしろ昇給などで給料を上げなければならなかったり、待遇への不満や文句も出たりするるので、3〜4年で辞めてもらう方がいいという考え方だった。職場になれて、手を抜いたり、経営への不満を職場で広めたりされる前に、そうやって、ある程度人員が循環した方がいいのだという。

これは福祉業界に限らず、他でもあると思う。もちろん、塾でもあるだろう。


話を戻す。

今回、俺の塾に大手塾を辞めて入ってきた生徒の保護者は、何の前触れもなく突然先生が変わったことに関して疑問を持たれていた。しかし、大手塾だからこそ、そういうことは「普通に行われる」可能性が高いのである。


俺が20代を過ごした横浜の塾も、最初はスタッフ全員が「仲間」であり「家族」だった。規模がどんどん拡大し、組織の性質が変節してしまったことに関しては、興味のある方は俺のどこかのエントリ(たぶん『シリーズもの』)にある「塾ブルース」を読んでいただきたい。

実は、その当時でも似たようなことはあった。塾が拡大するときは、新規オープンが先でスタッフ確保が後回しになることも多々あるので「先生が変わる」ことは日常的に起きうる。そういう時に、当時の経営者も「先生が変わる」ことをアナウンスしようとしなかった。俺は社長とはフラットな関係にあったので率直に尋ねたことがある。「こういうことは、前もってきちんと生徒や保護者に話すべきなのではないか」と。

その時、経営者は俺にこう言った。「いや、たとえば、来週から○○先生が交代になるという時、その先生がクラスに影響力のある人ならば、その1週間で生徒に『考える時間』を与えてしまう。あの先生がいなくなるならやめようかな、とか。だから、こちらは何事もなかったように新しい先生に行ってもらうのがベストなんだ。」


すごくおかしな話に聞こえる人も多いだろうが、これは塾では割と「常識的な対応」だ。たとえば、他の業種ならば、担当の営業が交代するときは前もってハガキが来ることがあるし、後任の人と一緒に挨拶に見えることもある。しかし、大手塾に限らず組織の塾は「こっそり」代わるというやり方をする。

俺自身が退職するときもそうだった。俺は社長の考えがわかっていたので敢えて直訴した。「俺は、7年間会社にも世話になりましたが、同じようにこの地域の生徒や保護者にも育ててもらいました。だから、辞めることをきちんと知らせたいんです。だまっていなくなるような恩知らずなことはしたくないんです。別に、喧嘩別れするわけでもなく、まったく別の業界に就職するわけですから、会社にも、地域にも最後はきちんとご挨拶をしたい。」

少し難色を示されたものの、社長はOKしてくれた。塾だよりに俺の挨拶文を掲載してもらった。その後すぐに数名の保護者からお電話やお手紙をいただいた。やはり、こういうことは大切だと思う。


先生がいきなり変わる。前触れも、挨拶もなくいなくなる。

その先生を慕っていた生徒はどう思うのか。保護者はどう思うのか。熱心に生徒を指導していたその先生はどう思うのか。何も聞かされず、いきなり配属される新しい先生はどう思うのか。

スタッフとは何か。仲間か。家族か。駒か。消耗品なのか。

生徒とは何か。保護者とは。信頼とは。「ひと」とは?

地域で生徒を一番集めている塾ならば、そのエリアリーダーとして、あらゆる塾の模範的な対応を取るべきではないのか?何か月も先払いさせるシステムもそうだが、こういう人の気持ちを無視した交代劇も。

俺はそう思うけどな。
ロカビリー * 経営のブルース * 21:39 * comments(2) * -

仕方なく買う2

 先日は俺の住む地方の話を書いたので、ビジネス書や数字の虜になっているガンバッテル経営者クンたちの中には「それ、田舎の特殊な例でしょ?」ってなへそ曲がりの疑問をもつ人もいるだろう。都会ならばそういうことはない!と思っているならば、それこそ本やセミナーという疑似体験のしすぎによる「はしか」のようなものだと断言してもよい。

さて、俺は縁あって塾を辞めた後の30歳から32歳までの2年間、東京は虎の門にある新霞が関ビル内の会社に出向していた(道路公団ではない)。まあ、その界隈はいうまでもなく各省庁はじめ本社ビルなども立ち並ぶオフィス街だ。不思議だったのは、あの辺では昼休みにジョギングしているビジネスマン(たぶん国家公務員)をときどき見かけることだ。出勤している日の昼休みに、会社周辺をジョギングよ?どんだけエネルギー有り余ってんだよ。

おっと話が逸れたので戻そう。昼休みになると、ビル内の食堂はもちろん、向かいにある霞が関ビル内のレストラン、周辺の店どこも激しく混雑する。ランチタイムに限って言えば、勤め人の人数に対して、食事をする店が足りない。なぜそう思うのかというと、とにかく「まずくて高い店」でも混んでいて、少し安いとか、少しうまい店になると店の外まで長蛇の列になる。あの辺はランチでも1000円ぐらい(かそれ以上)が相場だ。福岡なら500円でうまいものなんていくらでもあるのに、1000円も出して不味いものが多い。そういう日が何日も続くと、コンビニで済ませたり、ビルの前にいるお弁当屋さん(許可を取っているのかどうかは不明)ものを買ったりする。タイトル通り「仕方なく買う」のだ。それでも、あの辺はきっと家賃はバカ高いだろうし、土日は嘘のように人口が減るので、実質週5日間のうちのさらに数時間の稼ぎでやっていかなければならないのだろう。そうすると、コストのかかるいいものや旨いものを提供するどころではないのもわかる。それに、俺たちは1時間程度の昼休みしかないわけだから、遠出してまでうまいものを食いに行ったり、何十分も並んだりすることはめったにないから「よほどでなければ」客は来る。少なくとも、あそこに「質の良し悪しは客数で決まる」なんて陳腐な理屈はあまりない。

ブログでもそういうことが言える。ブログのアクセス数と質って関係あるか?たぶん、これまで書いたことと同様で、無関係とは言えなくても、すべてに当てはまるわけではないというのが正解だろう。つまり、読む人の人数と質の相関関係は「あやしい」ということだ。アイドルのわけのわからないブログがとんでもないアクセス数だったり、どうしょうもなくつまらないブログなのにアクセス数が多かったりすることなんてよくある。反対に非常に面白いブログをひっそりと書いている人だっている。

俺のブログが現在、1日のアクセス数は1700〜2000ぐらいの幅だが、以前、毎日書いていた時に比べて増えている。俺のブックマークにある先生やその他のすごいブログの書き手の人たちがいたころ、アクセス数は800ぐらいで、1000になるまでに相当の期間かかった。数年前からブログ熱全体が下がり、そのような多くの読者をひきつける書き手の人たちがブログを離れ、または更新頻度がぐっと下がり、さらに俺も毎日書いていたあのころよりも更新頻度はうんと低くなっている。しかも、俺が書いている文章はおそらく昔の方が文章も丁寧で「おもしろいもの」を書いていると思う(たぶん)。このように、ブログ熱自体の低下、人気のある書き手のブログ離れ、そして俺自身の更新頻度、俺の文章の質等を考えても、以前よりもアクセスが上がるということは考えにくい。考えられる1つは、以前は面白いブログがたくさんあって、俺のブログまでは読みに来なかった人たちが、最近そのような書き手がいなくなり、依然として「ブログを読む習慣」が残っている人たちが「仕方なく」俺のブログを読みに来ている可能性だ。

まあ、ブログのアクセス数に関しては、俺の中では数を得ること等が目的ではなく、人の動きを知るための1つの調査対象に過ぎない。だからブログには100円たりとも金をかけていないのだが、そのせいで、目障りな広告も依然としてあるし、記事別アクセス数というのもわからない。ただ、だいたいエントリーを書いた翌日か翌々日のものがその記事に対するアクセス数だとすれば、自分で「いいのが書けた」と思うものと「今日のは何だかな・・」と思うものとアクセス数がなかなか一致しないのが面白い。最近、邪魔で仕方のない「いいね」ボタンもそうだが、俺が相当気持ちを入れて書いたものには意外と反応が薄く、それほどでもないものに予想外の反響があるということがある。これもビジネスに似ている。もちろん、塾経営にも言えると思う。

誰もが認める日本音楽シーンの天才、桑田佳祐も、自分で気に入っている楽曲はまったく売れなくて、そうでないものが売れると語っていた。ちなみに、その時、桑田が力作として相当自信を持っていたにもかかわらず売れなかったと語っていたのは「マンPのGスポット」ということだった。これに関しては、楽曲云々よりもネーミングの問題が相当大きいと思うが(笑)。








ロカビリー * 経営のブルース * 14:58 * comments(0) * -

仕方なく買う

 俺は時々考えてみる。今、俺の塾に通う生徒の親。これまで俺の塾に最後まで通った卒塾生たちの親。俺の塾は「望まれた」塾だったのか、それとも「仕方なく通った」塾だったのか。

時々、経営の勉強を半端にしかやっていないヤツが、「いい店かどうかは客の数で決まる」・・・みたいなことを言う。まあ、たしかに、それは的外れなことではないが、すべてで当てはまるわけでもない。

たとえば、俺がいつも行くマッサージは、自宅から車で1時間もかかる。しかも、混んでいるために予約も簡単にはできない。そこで妥協し、時々近くのマッサージに行く。料金は結構取る。しかし、いつも行っているところに比べれば断然「下手くそ」だ。次の機会はまた地域内の別のところにトライしてみる。その店では、最初にあたったスタッフの施術はなかなか上手だったが(それでも行きつけのところには及ばない)、その後、別のスタッフにあたるとこれまた子どものお手伝い的肩もみレベルの下手さだ。結構、そんな店ばかりなのに、まあまあ混んでいる。複数スタッフを抱える塾で言えば、腕のいい先生にあたるといいが、外れるとどうしょうもないというパターンだ。

また、別のケースでは、昼食をとる地域の定食屋。ある店は、もう何十年もそこに根を張って営業しているが、「特にうまい」というわけではない。ただ、周囲に競争相手となる同じような定食屋がないために、昼の時間は結構混んでいる。しかも、忙しい時はメニューに書いてあるものを注文しても「ああ、それは今すごく時間がかかるから、かつ丼にしてもらえる?」なんて言ってくる。酷い時になると、メニューにあるものを頼んでも「今日はそれはない(売り切れではなく最初からない)」と言われるときがある。そんなに旨くもないくせに(笑)。同じ地域のうどん屋さんもそうだ。「まあまあの味」だから結構、客は来るが、定休日の曜日がコロコロ変わる。つまり、店主の気分で営業している(笑)。

メニューにはあるのに実際はないとか、定休日を周知していながらそれを守らないなんてことは、いくら小さな個人事業であれ大きな信用問題だ。はっきり言って、客をバカにしている。何度も言うが、それでいて「特に旨いというわけではない」のだ(笑)。しかし、それでも依然として客が来て、営業は続いている。

結局、俺も、恐らく他の地域の人も「仕方ないから」そこに通い、「他にないから」そこで買うことは多々あるのだ。他山の石ではないけれど、俺は自分の塾がそういう風にみられるのは絶対に許せない。というか、どんなに生徒が減ってもいいから、そういう人間には1人たりともいてもらいたくない。しかし、規模が大きかったり、スタッフを多数抱えたりする事業所ならば、経営者は割り切って「そういう層も」快く受け入れなければならないところはあるだろう。

幸い、地域に塾はたくさんあるし、形態も性質もさまざまだ。そんな「選べる状況」の中で、俺の塾を選んでもらえるのだから「望んで」来てもらっているのだろうという期待はある。しかし、一方では、冷静に分析する自分もいて、「塾なんて別にどこだっていい」「他の塾より授業料が安いから仕方なく」と思って選択をしている人がゼロではないかもしれない。(特にこれまで入ってすぐに退塾した人はそのぐらいの気持ちだったのかもしれない)

「本当にいいもの」を知らない人は、「そこそこ」でもまあまあ満足する。「本当にいいもの」を知っていても、それが近くにない場合や不都合な条件がある場合は「仕方なく」「そこそこ」の店で間に合わせる。だから、客の数が店の質を決定しているというのは、当てはまっていることも多々ある反面、完璧な理屈とも言えない。客が多い店が必ずしもいい店ではない。反対に、客が多くない店でも、そこに集う客が納得して金を払い、いつも満足して帰る店もある。(俺が学生時代通った喫茶店はまさにそうだった。数年前にご主人の体調等により閉店したと思われる)。長く続いているからうまい店とうわけでもないし、すぐに店がなくなったから不味い店だったのかどうかはわからない。

これは塾にも当てはまる。まあ、ビジネス書と数字だけしか信奉できない「ガンバッテル経営者クン」たちには次元の高すぎる話だがな。

ロカビリー * 経営のブルース * 00:14 * comments(0) * -

念押し

受験生のことで頭がいっぱいで、春からの新塾生なんて、もう入ってこないなら入って来ないでもいいやぐらいに思っていたが、この1,2週間で何件かの問い合わせと入塾があった。

ただ、8年目を迎える塾としての反省点は、入塾傾向として「学校の成績がヤバくなったから」という生徒がいまだに多数を占め、「ある程度はできるけれども、もっと高いレベルを目指したいから」という生徒にお目にかかるケースがあまりないことだ。

もちろん、前者であっても、俺の指導方針に賛同してもらい、覚悟をもってくれたら受け入れるが、そういう生徒ばかりが新規の入塾生である状況は決して俺が望むものではない。開校当初ならばまだしも、8年目になっているのに俺の塾がいまだに「ヤバくなったから行く」という存在であるのはいただけない。もっともっと「今でもまあできるけど、もっと上をめざしたいから」という生徒が多く門を叩くような塾にならなければならないと思う。

さて、本日の入塾面談は、大手塾に中1の夏から通っているが、数学の成績が一向に伸びずに塾を変えたいという保護者とその生徒だった。俺の塾では基本的に入塾面談は親だけでいいが、親子そろっての方が望ましいと考えた場合は両方に来てもらっている。今日は両方に来てもらった。

先日の学年末試験の結果をヒアリングする。英語は70台だが、国語50台、数学40台、理科30台、社会は20点だった(いずれも100点満点)。

保護者曰く、塾にずっと通って来たのに(その塾では英数を受講)点数が変わらない。特に、今回の学年末は他の教科を捨ててまで数学に時間をかけたのに平均を下回っている。だから、転塾を決めた、と。まあ、典型的なタイプだ。

ここから俺の「エグリ出し面談」開始。

俺「ねえ、君は、前の塾では同じ学校の友だちがいただろうから、本当はやめたくないんじゃない?」

子「(だまってうなずく)」

俺「お母さん、これは厳しいですね。そもそも本人がこの塾に親から嫌々入塾させられようとしているんですから。せめて本人が『このままではいけない』という意志ぐらいないと、1週間も持ちません。」

母「でも、実はこの塾のことは前の塾のお友達や学校のお友達(いずれも俺の塾を退塾)から聞いているみたいで、厳しいことはわかっているみたいです。それに、私からも話をしたんですが『嫌だ』とはいいませんでしたから・・・・」

俺「そうですか。ねえ、君は前の塾ではどんな風に授業を受けてた?」

子「先生が説明して、それをノートに写していました。」

俺「授業時間に問題を解くことはなかったの?」

子「ありました。」

俺「で、それは解けてた?」

子「英語は解けることもあったんですけど、数学は解けませんでした。」

俺「その後は?」

子「先生の解説が始まって、それをノートに写していました。」

俺「わからない問題は質問しなかったんだ?」

子「はい・・・。」

俺「それで、先生の板書を写して、それをもとに塾がない日に復習はした?」

子「いいえ、していません。」

俺「(他学校の定期試験範囲表コピーをみせながら)こういうのを学校からもらうよね?」

子「(うなずく)」

俺「ここに書かれてあること、試験前にどのぐらいやった?」

子「ほとんどやっていません・・・」

俺「というわけで、お母さん。成績が上がらないのが、前の塾のせいとばかりは言えないことはおわかりですか?」

母「・・・はい。この子がやっていないんですよね・・・」

俺「その通りです。塾よりもそれが原因であることの方が大きな割合を占めています。うちの塾に来ても、そこが変わらないと結果はあまり変わらないと思ってください。」

母「・・・・・」

俺「こういうお子さんの場合、大手塾ではそこまで突っ込んだ指導はしません。しかし、私の塾では最初はほとんどこの点ばかりをしつこく、うるさく注意されます。授業の受け方や、問題への取り組み方、質問などの姿勢面です。」

母「・・・・」

俺「具体的には、私が説明をしている時に下を向くと、怒鳴り倒されます。あと、注意や指摘を受けて返事をきちんとしなかったり、やる気のない態度を微塵でも見せたりすれば、泣くほど怒られ、場合によっては教室から出て行かせ帰らせます。そこまでする理由は、成績低迷の原因のほとんどがそこにあり、それをずっと放置していたために癖になっている可能性が高いからです。中1ならまだ子どもで柔軟ですから、多少ショックはあるでしょうけど、ガツンとやられたほうが治りも早いんです。」



俺「どうしますか。それでも頑張れますか?私の塾に入る場合、本人の覚悟50%、親の覚悟が50%必要です。本人の覚悟というのは、これまでの習慣を矯正される辛さに耐える覚悟です。親の覚悟については、甘やかされた子どもほど注意されたり怒られたりすることに慣れていませんから、すぐに『やめたい』『行きたくない』と訴えることが予想されます。その時に、『1度決めたんだから行きなさい』と、子どもの首根っこつかんでまでも塾に連れてくるぐらいの覚悟です。」

母・子「・・・・・」

俺「どうしますか?それでもよければ受け入れますし、迷いがあればどの道、入っても続きませんからお考え直し下さい。」

母「(娘の顔を見る)」

子「(表情がこわばる)」

母「あの、このままではいけないので、厳しくされないといけないと思います」

俺「わかりました。では、お母さんがいる前で君に確認したいことがあるので、言いますね?」

子「(うなずく)」

俺「君が覚悟を決めるならば、僕は君の成績を上げるために全力を尽くすことを約束する。ただ、これだけは最後に聞いてほしい。この塾で、僕が激しく怒る理由というのが2つある。1つは、やる気がない姿勢を少しでも見せた時。2つ目は、僕がやってほしいと指示したことをやらなかった、つまり約束を果たさなかったとき。僕は『できないこと』を怒ることはほとんどない。ただ、『やらないこと』に関しては容赦しないから。いいかな?」

母・子「・・・・・・」



とまあ、こういう感じだった。

この生徒、大手の先払い戦略により、春期講習までは受けなければならないらしい。本当なら、俺の塾では春期から新学年内容なので最初からいてほしかったのだが・・・。

さて、このケース、腹を決めてそのまま入塾するか、気変わりしてキャンセルになるか。

俺はあえて猶予を与える面談の終え方をした。俺は正直に言えば、この段階では入ろうがやめようがどちらでもいい。ただ、入るとなれば覚悟を決めてもらい、こちらも全力で指導させてもらう。

会ったときは何となく表情に力のない生徒だったが、帰りの時の挨拶はきちんとしていた。さてどうなるか。






ロカビリー * 経営のブルース * 21:24 * comments(4) * -

やはりどう考えても

 今日も中3の日曜特訓が終わり、塾であれこれ考えながらこのブログを打っている。


俺が自分の塾をはじめたのが36歳。今年で43歳になるわけだが、年々、体にかかる負担が大きくなってきていることを実感する。

俺はトレーニングをして体力維持には努めているし、仕事の面でも毎年経験を積み、工夫を重ねているので、理論上は「年々楽に感じて」いいはず。しかし、実際はそうではない。こういう職人的な仕事は、経験値やスキルが上がると視野が広がり、新たな視点が生まれる。そうすると「やれることが増える」と同時に「さらに別のことを余計にやろうとする」方向へ行ってしまう。特に、秋以降、受験シーズンが本格化してからの数か月の痛みの範囲が年ごとに広く、深くなってきた。もうね、今も、首から腰までが硬い板のようになっていて、喩えるならば、だれかをずっと肩車して生活しているような感じなんだよ。もしかして・・・・何かが憑りついていたりして(笑)。

俺の塾のやり方は、絶対に長続きするやり方ではないということをあらためて思った次第。塾で堅実に食って行きたいという人にはもっともお勧めできないやり方だな。でもまあ、最初から、自分の塾をやるなら思い切りやって、短い間でいいからパーッと強烈な光を放つような塾にしたかったわけだから、思い通りと言えば思い通りなんだけどね。

もうすぐ受験が終わる。「今年で最後」と思ってやってきた年度も終わろうとしている。

「今年で最後」と思ってやっていれば、いつか(たぶんそう遠くない将来に)それが現実になる。ただ、俺にとってそれは決して悲観的なことではなく、意義深く感動的な達成と終わりだ。気持ちの上ではまだ俺の全力の65%ぐらいしか出せていないので、はやく100%まで持って行かないとな(笑)。

俺は、いつもそんな気持ちで打ち込めるこの仕事を心から誇りに思う。

さしあたって今の最大の望みは、受験が終わったらゆっくりマッサージを受けること。最近俺が忙しいのと、店が混んでいることでなかなか予約が取れないスポーツマッサージを、たっぷり120分ぐらい受けることだな。

ロカビリー * 経営のブルース * 01:19 * comments(3) * -
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