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個人塾、その凄みを知った日(1)〜大きな出会い〜

 昨日は、Kamiesu先生と猫ギター先生が俺の塾にいらした。

猫ギター先生は春にも1度来ていただき、その時とても楽しい時間を過ごさせてもらったのだが、それだけに時間が短く感じたことが悔やまれた。それから数ヶ月、幸運にもまたお会いすることができた。

Kamiesu先生とは初めてお会いした。4年前かな。俺が塾ブログを知った頃、「すごい先生がいるなあ」と驚き、感動をしながら毎日読んでいた。「理論的だなあ」「うわ、そこまで気がついているのか?」。毎回Kamiesu先生の文章に驚かされた。俺は本当に1人の読者だった。長年パソコン画面の向こう側だけの存在だったそんな先生たちに、この2009年は2人も直接会えたのである。

まだ1年を振り返るような時期ではないが、2009年は2008年同様に苦しいこともそれなりにあった。入試結果。クラス運営と指導のバランス。体よりも精神的にタフな年だった。まあ、それは福岡に帰ってきてずっとなのだが。

塾は1年目こそピンチだったが、2年目から勢いが出てきた。経営の苦から脱することができた。ただ面白いもので、物質的な苦が自分から外れた途端、それまで物質の苦で目立つことがなかった精神的な苦に意識を引っ張られることも多かった。

何かをつかめていない気がする・・・・。

何かが少しおかしい気がする・・・。

何かが見えていない気がする・・・。

俺にしかわからないそんな違和感を6月あたりから感じていた。

不快指数の高い密室にいるような感覚のまま、「こういう時こそ積極姿勢だ」という気持ちだけで秋まで来た。

そんな時だった。

Kamiesu先生、猫ギター先生が俺の塾にいらっしゃる。

何というタイミングだろうか。

俺は人から悩みを相談されることは時々あるし、そういう機会はありがたく受ける。だが自分の悩みになると誰かに打ち明けたりすることはほとんどしない。たまにあるとしても、純粋な「質問」であったり、考えをうかがうことぐらい。深刻なことになればなるほど、人に打ち明けることはしない。

理由は簡単だ。2つある。

1つは、自分の悩みは自分の中で発生したものであり、だれか他人に解決してもらうためにあるのではないからだ。そんな図々しいことはできないし、他人にそんなことができるわけない。

もう1つは、後悔したくないからだ。

俺は残念ながら、誰彼構わず愚痴ればスッキリ解決できるような心のシステムにはなっていない。むしろ、うっかり話してしまって、低レベルなご回答なんか返された日には、その人間に対して軽蔑と怒りを感じ、さらにストレスが増してしまう。

もちろん、この2人の先生から低レベルな回答が帰ってくるはずはなく、間違いなく瞠目するような回答が返ってくるだろう。だからこそ、自分から甘えるわけには行かない。先生たちに失礼だ。

せめて自分の甘えが許されるなら、純粋な出会いの楽しい時間の範囲で、俺が先生たちの言動から徹底的に哲学を探し出すことだ。目の前の先生たちの視線、動き、言葉・・・。それをできる限り素早くそして深く読み取り、自分の脳みそと精神を混ぜ合わせ、もう1度「俺」という人間の哲学を観る、内観することだ。


Kamiesu先生、猫ギター先生と簡単に挨拶を交わし、大人3人では狭い塾の事務室の机に向かい合わせで座った。

これからいったい何が始まるのか。

テンションが上がらないはずがない。(つづく)



ロカビリー * 人生のブルース * 22:37 * comments(0) * -

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