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大根役者

先日、見回りの「つぶやき」について書いた。俺の塾はこれまで1人でやってきて、生徒との距離は「遠い」。というのは、生徒はほとんど俺に雑談を持ちかけないし、プライベートな相談事(勉強以外)に関しても数えるほどしか受けたことがないからだ。どうしても怒られる印象、厳しい指導の印象が強いこともあるし、俺と生徒の年齢の差もある。生徒にとって俺は「話し(かけ)やすい先生」では決してない。よって、俺と「会話をする」というのは普通のことではないのである。そのような中でも、俺に屈託なく壁をつくらず話しかけてくる生徒がたまにいる。こういう子どもを見ると、性格がよく、将来きっと上司に可愛がられるだろうと想像できる。

通常、俺と生徒が言葉を交わすのは、だいたい4つの場面しかない。「入室のあいさつ」「学校進度を生徒に尋ねる時」「授業中の発問と応答(質問対応)」「帰りのあいさつ」。その他のことで話すのは、俺が生徒に何か聞きたいことがある場合か、生徒が何か俺に用事がある場合ぐらいだ。他の塾と比べても、たぶん会話は少ない方だと思う。塾の仕事を「接客業」だと思えば、俺の方から積極的に話しかけ、盛り上げるように努めるべきだろう。しかし、俺にはその気持ちがないし、そういう役割を演じる必要性も感じない。生徒と言葉を交わすことにおいては基本的に「指導(授業)だけ」でよいと考えている。

ところで、生徒の士気を高める声掛けには大きく2種類ある。ネガティブな声掛けとポジティブな声掛けだ。ネガティブな声掛けは、たとえば「これを覚えないと、テストでは酷い点数になるぞ(入試に落ちるぞ)!」のような脅し文句だ。ポジティブな声掛けは、たとえば「君いいねえ!すごいねえ!よくできたぞ!」のような褒める言葉がけである。昨今「ほめる指導」が日本全国を席巻していて、塾に限らず各分野の指導者は「ほめる指導」を主としているように思える。塾や学校関係者の間でも、上記のような「〇〇しないと△△になるぞ!」という声掛け自体が否定的に見られることも少なくない。

俺に関してはどうか。俺はどちらの声掛けもしている。上記のネガティブな声掛けもよくする。それをいけないと思ったことはないし、やめようと思ったこともない。もちろん、授業の後に「言い過ぎたかな・・」と思うことはあるが、生徒への声掛けや意識の変革を促すときに「褒める指導をしなければ」と思ったことは1度もない。悪い結果につながることが予期できれば「このままだと成績が下がるぞ(落ちるぞ)」でいい。

先生という仕事は「役者の心」が必要だと言われる。そういう意味で言えば俺は演技ができない大根役者だ。俺の場合、生徒に言葉をかけるときには「感情に任せる」。腹が立ったら厳しい言葉を投げつけるし、よく頑張ったら称賛する。何か手伝ってくれたらお礼を言う。腹が立った時に笑顔でいることはできないし、絶賛したい気持ちを抑えることもできない。面白くないのに笑えないし、腹も立っていないのに怒ることもできない。いや、できないことはないが「しない」のである。

生徒や保護者に大切な話をする時、説教をするとき、俺は予め内容を考えたり、ましてや原稿を書いたりすることはない。すべてその場の感情に任せて話をする。アドリブだ。この姿勢は、俺の授業やこのブログを書くスタンスにも共通している。俺の場合、予め何かを考えたり演技しようとした瞬間に「自分の言葉が死ぬ」のがわかる。吐いた瞬間に後悔するほど言葉が生きていないのだ。人間は感情的になって発した言葉に後悔することが多い。しかし、俺は感情がない言葉を発してしまって後悔したことの方が多い。俺の死んだ言葉は塾の教室に空しく響き、多少は生徒の鼓膜を振動させるかもしれないが、たぶん生徒の心には届かない。

そんな俺が自分から声を掛ける場合がある。生徒が不安に思っているときだ。たとえば、途中入塾の生徒には、特定の教科が悪い、あるいはどの教科とも点数が低迷して入塾してくる場合がある。教えてみて確かに基本が抜けていることは多いが、その生徒の理解力が悪くなく、性格も素直そうな場合俺はその生徒に声を掛ける。というより、そういう子の不安そうな顔を見ると声を掛けたくなる。

今、君は〇〇(教科名)の点数が悪くて苦手意識持ってるよね?でも、僕が少し教えてみて君ができないとは思わないんだよ。たぶん成績は上がるよ。それほど時間もかからないと思う。ただ、いくつか直さないといけないところがある。それをきちんと直してくれたら必ず上がる。どう?上げたい?よし。それなら頑張ろう。悪いところを直すために厳しいことも言うけど辛抱して頑張ってね。絶対に上げるから。

もちろん俺の本心だ。言われた生徒は俺の前だから大きな声で返事をしたり派手な頷きをしたりはしない。しかし、たいていこういう場合、生徒の顔が変わるのが分かる。声は発さなくとも「はい!頑張ります!」と眼差しが語っているのを感じる。

感情を抑え、理性で語るのが大人なのかもしれない。しかし俺は、生徒へ向ける言葉は、時として子どもよりも子どもっぽく、感情的に、ストレートなものを投げ込みたい。対人援助にも技術が必要なことは知っている。しかし、プロ失格と言われようとも、どんな技術も自分の感情の延長上でやりたい。

つまり俺は大根役者。相手の感情を移入させるような気の利いた演技ができないので、これからも自分の感情に任せて言葉をかけるしかない。










 
ロカビリー * 教務のブルース * 20:00 * comments(0) * -

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