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ザ・ブラック塾

以前、「塾ブルース」という話を書いた。これは俺が23歳から30歳まで勤めていた塾での実話をもとにした話である。清廉な理念と才気あふれる若い組織が、ある時期から利益主義に走り、理性と良心を失って行く様を赤裸々に描いたつもりだ。(興味がある方はカテゴリーの「シリーズもの」で探してみてください)

ところで、この話の中でも書いたが、拡大路線の中で県内大手塾の元室長、エリア長という人物が入ってきて、それぞれ本部長、広報部次長と言う立場に据えられてからの「塾の常識」の変化は凄まじく、それまでいたスタッフたちの困惑、子どもたちまでが変わって行く様子を見て恐怖すら感じたものである。今日は遠い記憶を追いかけながらそのいくつかを書いてみたい。

「塾の仕事は教務が2割、生徒募集が8割」

それまでは、生徒のために塾に泊まり込んでプリントを作ったり、その日の出来事をデニーズで明け方まで語り明かしたりしたスタッフたちだけでなく、創業者である社長や副社長も驚いていたことだろう。ただ「元大手」という看板が自信満々に断言するその言葉は、そのような驚きを「これまでやってこなかった反省」に変えた。

「儲かることをつくりだす」

夏休みの夏期講習が5万円だとしたら、前期と後期の間に「中期講座」というものを無理矢理つくり、値段を設定する。当然、コンテンツなどは後から考え、できるだけ成績上位から下位までがどれか1つは受講できるように細かくコース分けをする。先に収入(利益)ありきで企画を考え、「生徒のためになるのかどうか」の理屈は後から付けるのがこの時期のやり方だった。

「儲からないことはやらない」

たとえば、それまではスタッフの気持ちでやっていた授業延長や、授業日以外の補習なども極力「やるな」という指示が出て、「やるんだったら金を取ろう」という動きになった。そうすると、やがてそういうものを誰もやらなくなった。

「授業は奪うもの」

先輩スタッフから教えを乞い、免許皆伝によって授業を「いただく」という考えではなく、「収入を増やしたかったら先輩講師の授業を『奪え』」という、弱肉強食、下剋上の精神が広まった。

「地獄のポスティングと入塾ノルマ」

もちろん、それまでもポスティングをしていたが、それはみんなが本心から「生徒に来てほしい」「地域にもっと知って欲しい」という純粋な気持ちだった。だから、手伝う時も特に報酬はなかったし、その代りに必ず先輩が食事を奢ってくれた。しかし、この頃のポスティングは「〇〇校舎8000枚」などのノルマがあり、配り切らなければ「チラシの買い取り」を命じられていた。スタッフの中には授業で疲れ切った後、アルバイト講師にはとても手伝いを要請できず、1人で夜中3時過ぎまでポスティングをやる者もいた。本当なら、翌日の授業のプリントを作成したいと思うスタッフが、泣きながら俺に電話をしてきて「もう・・・自分はダメかもしれない」と訴えてきたこともあった。配り切れずにこっそりコンビニのゴミ箱にチラシを捨てる者もいた。新学期や季節講習前には必ず会議で「目標入塾者数」という名を借りたノルマがあり、達成できなければ「ダメ校舎」の烙印を押され、会議では小さくならなければならなかった。いくら成績を上げても、合格実績が良くても「人数を集められない校舎」よりも人事考課的には「下」に見られる風潮さえあった。

「説得研修」

いろいろなオプションを無理矢理つけることによって、夏期講習の費用が10万円を超えた。さすがに案内を配った後の生徒にも驚きの色が濃く「え〜!!なんでこんなに高いの??」と言葉に出す生徒もいた。以前からいる生徒の保護者の中には怒って電話をして来る人もいた。当然「夏期講習は欠席します」という電話も少なくなかった。しかし、信じられないのはここからで、こういう生徒や親を「説得しなければならない」と通達が出るのである。たとえば授業時間を使って「みんな、いいですか?みんなの将来に値段はつけられないんだよ!君たちにはそれだけ大きな可能性が・・・」のような話を熱弁するのである。そして最後は「だから、君たちがそういうことをきちんとお父さんやお母さんに話をすれば、きっとわかってくれると思うんだ!」という話で結ぶ。今思い出しても悍ましい光景である。退塾もそうだ。退塾の意思を本人や生徒が伝えると、塾に来ている間は全力で説得する。基本的に親は子どもが翻意すればその言いなりになる場合もあり、「逆転継続」を勝ち取れる。事務室に生徒を呼んで懇々と説得である。それはそうだ。退塾者を出すと、その理由のいかんを問わず「室長の責任」となるのだから。利益追求の組織の中では「人数減」はどんな事象を差し置いても「悪」なのだ。こういう状況になると働く人間は「正義よりも自分の身がかわいい」という気持ちが相当強くなる。このような「子どもの心を動かす説得研修」のようなものまで企画されたぐらいである。

ある日の会議で、退塾者を2名出した校舎の室長が本部長から糾弾され「明日、辞表を書いて来い!それが嫌ならここから飛び降りろ!」と言われた。「そんな・・・勘弁してください」と声を絞り出し、うつむいて固まっている室長に、今度は次長が穏やかだがフォローにならない声を掛ける。「辞表、書いてきた方がいいですよ。懲戒解雇より、自己都合退職の方が後々助かりますよ」。

スタッフの中には組織内に蔓延する奇妙な論理に「おかしいよな」と思いながら働く者もいるのだが、組織の上下関係や自分の身の危険があるために声を上げることができない。俺は社長に直談判をして、幸い俺の正義が「是」と認められ本部長とその一派を駆逐したが、一歩間違えれば俺の正義は「非」となり組織から追い出されていただろう。どうしても立場の弱いスタッフたちには人間が持つ「安全、生存欲求」が働き、場合によってはそのマインドに「慣れよう」とする者も出てくる。それだけではない。そのような人間に指導される生徒たちには、授業時間以外で持っている「先生のもう1つの顔」は見えず、そういう先生に対しても「いい先生だ」と尊敬の念を抱いてしまうのである。

大手塾やある程度の規模の組織塾経験者で、独立して塾をやっている人の多くはたいてい似たような経験をしている。そして自分の中の正義を証明するために組織を飛び出し、独立して塾をやっていると言っても過言ではない。

ブラック塾の中で耐えがたきを耐え、そこから飛び出した人間は、どんなにドス黒いドブの中で泳がされても、己の心の中の正義だけは絶対に守り抜き、汚さなかった。俺はそういう塾が全国に少なからずある、そう信じたい。




 
ロカビリー * 人生のブルース * 02:06 * comments(0) * -

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