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塾の謎1(宿題)

塾、とりわけ個人塾には個性という名の「謎」が存在する。その塾の独特の設計や方針がある。今日は、俺の塾を実際に見た方からいただいた、いくつかの質問に答える形でエントリーを書いていきたい。

「なぜ、宿題が少ないのか」

このブログをご覧の方は、きっとうちの塾は膨大な宿題を課しているようなイメージを持っているに違いない。しかし、俺の塾は開校当初から宿題というものはほとんどない。いや、その代りに毎回毎回「確認テスト」があるのではないかと思われるかもしれないが、実は確認テストも他塾に比べると、たぶんかなり少ない方だと思う。

そういうわけで、ここでは宿題と確認テストのそれぞれについて書く。

まず、宿題についてであるが、本音としては「出したい」。もちろん、理由は宿題を効果的に使うことで、定着をさらに深めることができるからである。さらには家庭学習の習慣にもつながるので、宿題を出している塾が羨ましいぐらいである。今現在、宿題として出されるものは、授業内で終わらなかった問題(特に英数)を解いて丸付けまでやっておくようにというものだけである。中2までは、やったかどうかを確認するが、中3ではその確認もしない(つまり生徒任せ)。

最大のの理由は「学習資源への意識付け」である。(以前、このブログの『ザ・授業』で書いた記憶がある)

この地域の中学は部活動が盛んだが、学校の宿題も漢字やプリント等毎週出る。各教科ワークも持たされており、定期試験がある度に丸付けまでやって提出することを義務付けられている。これはネットでも話題になっていたが、この「学校のワーク」がポイントなのだ。学校で持たされているワークは俺が知る限りどれも良質なものばかり。それだけでなく、数学や理科は相当レベルの高い問題も入っている。量もそれなりに多い。しかし中学生の多くは、この良問揃いの問題をまともに解くことはなく「答えを丸写し→すべてマル」にして提出している。しかも、学校の先生も「期日に提出した」という既成事実を黙認して認め印を押している。これが色んな意味で残念であり、勿体ないと感じていた。考えてみると、仮に、答えを丸写しして提出するにしても、それ相応の時間を費やしてしまうわけだ。当然、この時間は「死んだ時間」である。俺は、生徒たちには学習機会、学習資源を大切にしてほしいという願いがある。学校の授業の1時間、塾の授業の1時間を大事にするのと同じように、教科書1冊、問題集1冊、プリント1枚を大切に扱い、大切に汚してほしいという思いがある。実際、勉強ができる生徒とデキない生徒は「道具の扱い方」からして違う。それならば、そこから教えて行こう。そんな考えで今まで指導してきた。

たとえばこの状況で、もしも俺が日常的に宿題を出したらどうなるだろうか。もちろん、きちんとやる子や打ヤル気がある子はどんどんこなしてますます賢くなるだろう。しかし、多くの生徒はきっと塾の宿題がいい加減になるか、学校の宿題がいい加減になるか、またはその両方になる。怒られないために不正や嘘もどんどん出てくるかもしれない。何より、怒られないように義務感でやった宿題からはほとんど何も得られないだろう。それならば、塾の宿題の代替として、学校学習資源、つまり配布される教材やプリントがいかに良質であるかを生徒に説明し、納得してもらったうえで少しでも意欲的に取り組んでもらった方がいい。

「君たちの学校のこのワークの問題、すごくいい問題だ。こんなにいい学校ワークを写して出すなんて、何と勿体ないことか!罰が当たるぞ。君たち、いいかい?塾の問題集をやる時と同じように、1ページずつ終わったら答え合わせをして、まちがえたらバツをつけて、解説を見て。納得できたら解き直し。納得できなければ塾に持ってきて僕に質問すればいいんだ。そうしたら必ず力がつくぞ。だから君たち、このワーク大事にしなきゃ。たとえ周囲の人が丸写して、全部マルで出しているとしても、うちの塾の生徒、つまり君たちは絶対にそのように意味がなく勿体ないことをしちゃいけない。」

中1からこのような指導をして、だいたい1年間辛抱強く説いていけば、中2ぐらいからはほぼ全員が学校のワークを、塾のワークと同じように解くようになる。俺はこの時点で、塾の宿題を出したのと同じような効果があると思っている。よくある面白い例として、途中入塾の数学が苦手な中2の生徒がいたとして、当然、うちの生徒よりも全然数学の成績は悪いのだが、その生徒の学校ワークはすべて正解のマルがついていて、うちの塾生たちのワークはところどころバツや解けずに空欄の問題もある。しかも、うちの塾生のワークは途中式が狭いスペースにビッチリ書いてあるが、途中入塾の数学が苦手な生徒のワークには一切の途中式や解答過程がない(笑)。

次に確認テストの話。確認テストはほとんど英語でしか実施していない。これも最初に断っておくが、確認テストは「全教科やりたい」のである。しかし、現状はやらないというより「できない」。それでも俺の塾では英語のユニットが終わるごとに単語テストをやったり、音読と訳のテスト、暗唱のテストをやったりはする。他の4教科では、時々、社会の年号テストをやったり、化学式のテストをやったりと、「ここだけは」というところでしかやらない、というかできない。これに関しては、塾が抱えている制約も大きい。俺の塾は俺1人しか指導する人間がいなかったし、小さな塾なのに地域の3〜4、多い時は5つの中学から生徒が来る。だから、どの学校よりも速い進度で進めておく必要があり、毎回15分でも確認テストをしようものなら、とてもではないが授業が間に合わなくなる。生徒たちには「1週間以内にここを復習しておくように」とか、「そろそろ塾の問題集の復習から学校のワークに切り替えよう」などと話はする。前述したが、これも2年生までは地道に指導して行きながら、3年生になると全員とはいかないまでも、ほとんどの生徒が「復習」という名のセルフ確認テストをやるようになる。

ただ、完全放任なのかと言えばそうではない。授業の中で「復習していなければ答えられない質問」、つまり、「復習していれば容易に答えられる質問」を入れて行き、もしもそれに答えられなかった時は星野仙一の何倍もの激しい怒声と、野村克也の何倍ものネチッこい嫌味を長時間たっぷり浴びせられることになる。だから生徒は俺の質問にはかなり高い緊張感で答えているはずである(時々、卒塾文集に『先生から当てられると心臓が飛び出るほど緊張した』と書く生徒がいる)。この授業内の「塾長からの質問」が復習のチェック機能になっていると思う。ただし、途中入塾の生徒や学力が厳しい生徒に関しては最初のうちだけ塾に来させて、俺の目の前で「正しい復習の型」を教える。

ところで、今年から中3の自習体制を少し変更した。これまで中3に関しては、自習に来るように促してはいたものの、例年ある程度自学の完成度が高かったので、俺は各自の計画だけを管理して、日々の自習の内容に関しては任せっきりだった。ところが昨年度、つまり現高1が秋口から成績が伸びずに下降した原因の1つが「1学期の自習の質」にあると判断した。やはり中学生だと、特に自分が苦手な教科の勉強に関してはどこか無駄があったり、やり方がまずかったり、「(来ないと何か言われるから)一応やっている」ものであったりして、そこが改善されないまま数か月過ぎることがままある。それを防ぐために、今年度は塾の授業前か授業後、または塾がない日に「確認テストを受けに来なさい」という指示を出した。内容は、1学期中には終わらせておいてほしい理科と社会の1、2年の復習である。これも完全に生徒任せにすると不具合が生じる危険があるので、全生徒の確認テスト進捗状況をリストにして廊下にはり出し、合格のたびに俺が表に認め印を押していく形にしている。テスト内容は彼らに渡してある塾教材からそのまま出すことにしていて、教材もレベルや量的にこのシステムを想定したものを選んだ。はり出して見えるようにしておけば、彼らも忘れたり、のんびりしたりはできない。サクサク確認テストを終わらせる生徒の欄が、どんどん認め印で増えていくのを目にすると「やばい」と思うはずだ。もちろん、俺も適度にせっつく(笑)。

余談が長くなったが、宿題や確認テストの「謎」については以上。

次回は「生徒の名前の呼び方」について書く。






 
ロカビリー * シリーズもの * 00:48 * comments(2) * -

コメント

ありがとうございます!
こんなに丁寧に答えていただき嬉しいです。次回も楽しみにしております。
Comment by 京都のみかみ @ 2015/05/20 1:05 AM
京都のみかみ先生

いえいえ、ブログの貴重なネタをいただいてありがたいです(笑)。
Comment by ロカビリー @ 2015/05/20 1:31 AM
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