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できない子には「途中がない」

俺の塾に入ってくる生徒の大半は、成績が下がってから来る生徒だが、頭の回転(理解力、暗記力)がよく、単に勉強する機会がなかっただけの生徒はほとんど問題なく上がる。(むろん、ある程度まで上がってからは個人差が大きいが)

しかし、学年に1人ぐらいは「上げにくい生徒」がいる。俺は学習能力に何らかの深刻な困難がある場合を除いては、上から下までどんなレベルの生徒でも学力を伸ばし点数を上げてきた自負はある。そうは言ってもやはり、こちらが相当骨を折る生徒が毎年1人はいることは確かだ。この手の生徒を教えるのは指導者のこちらも大きな負担を強いられる。時間的にも手間も、シビアな見方をすれば他の生徒と同じ月謝ではとても間尺に合わないぐらいの労力を使う。

熱心な塾講師の方なら、たぶん1度はこんな経験があるはずだ。

ヤル気がないとか、素直でないとか、塾をよく休む生徒なら論外だ。しかし、彼ら(できない生徒)の多くは基本的に素直で塾も休まない。単語テスト等の確認テストも一生懸命覚えてきている。詰め込みが効く定期試験であればそこそこいい結果が出るのだが、実力系のテストになると途端に大崩れし、数週間もすれば1度覚えたはずの内容もきれいさっぱり忘れてしまっている。

単純暗記についてもそうだ。たとえば一問一答を同じように勉強しても、その場ではきちんと覚えられる。しかし、できない生徒は少し問題の文言や設定が変えられただけで答えられなくなる。この状況で、生徒側に責任転嫁はできない。「なぜだ・・・なぜだ・・・」と指導者は悩みながら時間だけが過ぎてゆく。

計算ができない生徒は途中式を書かない。いきなり答えを書いてまちがえる。途中式を書くように強く促すと、数問は何とか書く。しかし、次の授業ではまた途中式を書かなくなる。やり直しもそうだ。間違えた問題は「なぜ間違えたのか」をきちんとメモし、1度自分で解き直したら次へ進むように指示していても、必ず何問かは「わからないまま通過」している。
「お前は楽をしたいんだろう!」「いつまでそうやってズルをする気だ!」「わからないところをそのままにしないという、こんな簡単なことさえできないのなら塾をやめてしまえ!」

俺も分析が浅い頃はこうやって生徒を怒鳴りつけて泣かしてばかりいた。しかし俺はある時、1人のできない生徒の動きを観察していて1つの仮説を立てた。「もしかして、できない子には『途中』がないのかもしれない」。

素振りを100本する。同じ100本でも「ただ、回数をこなす」場合は、1本目と2本目の間、2本目と3本目の間には何もなく100本まで行くだろう。一方、「相手の動きや球の軌道をイメージしながら振る」場合は、0本目から1本目、1本目から2本目の間に「途中」がある。効果には大きな差が出るだろう。

リズムを取る。「ワン ツー 、ワン ツー」とリズムを取るならば、そこには深みは何も感じられない。深くリズムを取れる人は同じ拍数の中で「ワン(カッ)ツー 、ワン(カッ)ツー」さらには「ワン(カッカッ)ツー、ワン(カッカッ)ツー」という取り方をする。「ワン」「ツー」の間に本来ならばないはずの「途中」が存在するかしないかでリズムの深みは断然変わってきてしまう。

もしかしたら、素振りにしても、リズムにしても「見えない(聞こえない)途中をイメージできるかどうか」は資質の部分に関わることなのかもしれない。しかし、俺は訓練によってある程度まではできるようになると思う。

計算問題で√8=2√2と覚えることがあるとしても、歴史で1221年=承久の乱と覚えるとしても同じことが言える。その場での暗記ならばそれほどの差は出ない。しかし、できない子は途中がないので応用は効かず、そこで記憶が死んでしまう。あくまでイメージとしての話だが、できない子は「ワン ツー」のリズムと同じで文字そのままを丸暗記する。恐らくできる子は√8と2√2の間に「√8(=√2×2×2=√2の2乗×2)=2√2」があり、1221年と承久の乱の間に「1221年(=鎌倉時代=北条氏の執権政治⇔後鳥羽上皇)=承久の乱」という途中が入っているはずだ。その途中部分がだんだん速く処理されていくうちに無意識の中にまで溶け込んでしまい、一見「ない」ように思えるだけだ。

できない子は授業中も「答え」に執着する傾向がある。途中は(どうでも)いいから、とにかく答えを知りたい。答えに執着すると「過程(答えに至るまでの着想から手順)」は等閑になり、はては「設問」への関心も薄まってしまう。そうなると応用が利かないのは必然だ。反対に、できる生徒は、過程や途中、設問への意識が強いがゆえに応用力があると言ってもいい。

目標設定もそうだ。できない子の目標は現状とあまりにかけ離れて(高くなりすぎて)いることが多く、結果的に「口だけ番長」になりやすい。いい結果を求める気持ちがある反面、そこまでのストローク、つまり「途中」を現実的にイメージできないからだろう。

ところで、「反復」という勉強法がある。「反復」は学習で有効な手段だ。これはあらゆる分野の指導者にとって異論はないだろう。しかし、人間は本来1度やってしまったものには興味を失い、当然、省みることもない性質があるように思う。そう考えると、「反復」そのものが人間の感情に逆行する行為と言えるかもしれない。それなら反復が有効で単純な手段でありながら、徹底する人が少ない理由もわかる。武道や芸事では、「反復」によって人が自然に持ち合わせる感情に逆らい、「稽古」という反復によって技の習得と同時に精神修養もできるようになるのだろう。できない子の反復は「作業化」しやすい。彼らは「やった回数(よくても答えが合う回数)」に意識が偏り、「問われている内容を深める」ことができていない。「反復にも『途中』を持て!」。俺が最近生徒によく言うことばである。問題と答えの間に存在する途中を意識しながら反復すること。そして、何度目であっても「1回目」のフレッシュな気持ちで取り組むことだ。そうすれば、同じ問題を解いていても2回目では1回目の時には見えなかった新しい発見がある。

「できない子には『途中がない』のではないか」。俺にとっては大きな発見である。たぶん、この「途中」は、おもに思考力と想像力で構成されている。こういう生徒は実は多いのではないか。そしてまた、こういう生徒を「気合いが足りない」と一刀両断にしてきた俺のような指導者がたくさんいるのかもしれない。

できない生徒を教えるのは決して楽ではない。いや、正直に言って苦しい。思うように進まず腹が立つこともある。彼らにとって存在しない「途中」を構築するのは、ひ弱な更地に建築物を拵えるような困難を極める作業だ。

藤山寛美だったと思うが、娘に「自分を死ぬほどいじめた人間が、自分を1番鍛えてくれるんだ」と言っていたらしい。なかなかできるようにならない、彼らのような生徒を教える機会があったから、今の俺がある。

そう。俺を苦しめた「『途中』のない生徒たち」は、間違いなく指導者としての俺に「途中」をつくってくれたんだ。




 
ロカビリー * 教務のブルース * 19:08 * comments(8) * -

コメント

はじめまして。学習塾に勤めているものです。
途中のない生徒、について自分も悩んでいます。
そのような生徒に対してどのように対応したのか
ぜひ、経験談を聞かせてほしいです。
よろしくお願いします。
Comment by やま @ 2015/06/14 12:26 AM
はじめまして。私も京都で塾に勤めております。普通の子も指導しておりますが、いわゆる発達障害の子らも指導しております。
しかし、明らかに発達障害ではないのに、暗記の方法をプリントに印刷し横に付きっ切りで指導しても、途中式を書くことを何回指導しても、すぐに忘れてしまう、私が指摘して「あ、そうやった」という子らが特に最近多いと感じ、文中にあるような「なぜだ・・なぜだ・・・」という状況に、同僚とともに頭を悩ませておりました。
『途中がない』という先生のお言葉を目にして、パッと目の前が開けたような感覚を覚えました!どうもありがとうございます!
Comment by のっち @ 2015/07/16 2:59 PM
こんにちは
「難読症」(ディスレクシア)について探しているうちに、こちらのページを見つけました。
私の子供は中3で、まさに、「大変」な子です。
上記の状態のお子さんたちとほとんど同じ様子です。
まじめなので、成績表は2と3です。数学と体育・家庭科が3で、細かい作業のいる技術と美術は2です。
脳の異常かと、小児の脳神経科で調べたこともありましたが、もっと大変な子が通う病院で、あまり相手にされませんでした。
とにかく親としてできることはないかと、英語のサイトでも探しました。難読症とわかっていましたが、日本国では研究者が少なすぎて、てががりがありません。NPOなどもあるようですが、まだまだという感じです。
難読症は文字の会得がとても遅いです。学齢の二つ下くらいの学習の知識だそうです。数学の計算の途中の行も、そもそも字が良く見えないし、ふだんから、おおざっぱに把握して直感で判断して暮らしているので(それが的を射ている事が多い)、途中の式は書きません。
たちの悪いことに、生まれた時から見え方が異常なので、本人は字が見えにくいことに気づきません。近眼、乱視、遠視とも関係なく、普通の視力検査でも、単眼視力で1.5や2.0とかあったりすることもありで、よくみえていることを自負していたりします。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A2
(ご参考:英語版のほうがより詳しい)
英検の4級は私がテキストを読み上げて、耳で覚えていって合格しました。3級は私の時間がしっかりととれず、判定Aでしたが、落ちました。
塾の先生にはご苦労ですが、日本で文科省がディスレクシアの教育方法を確立しない限り、こういう子たちは合わない学習を永遠に押し付けられ、「できない子=あたまわるい?」のレッテルをはられたままです。
いま、塾で大変な思いをしている子たちも、アメリカで教育を受けたら、ハーバード大学卒業かもしれない子たちなのに。
うちも、こまっています。
Comment by ryok @ 2015/11/09 2:28 PM
こんにちは!
この直前に投稿しました。
時間をおいて、もう一度、あなたさまの文章を読ませていただきまして、仕事柄とはいえ、分析力に感激しました。
学習においての「途中」。それは文字です。

自分で言うのもなんですが、私自身は中学生までは勉強に不自由ありませんでした。(高校は熱心にスポーツをやってしまい、ご想像のとおり)
書いて覚える楽さ。
書き留めておいて、あとで読める楽さ。

塾でがんばっても成果の上がりにくい子には、文字の楽さはないです。
文字に関してだけいうなら、水中で先生に水に指で字を書いてもらい、それを熱心に覚え、わすれていきます。
自分のことではないけれど、つらくて泣きたくなります。
文字で不自由のない人から見ると、地獄のようではないでしょうか。

2015/7/16の塾の先生の投稿で、「最近増えている」とありますが、昔からあります。
エジソン、アインシュタイン、ダビンチ、ミケランジェロ、モーツァルトも文字が苦手だったようで。探すときりがないくらい大勢のディスレクシアの天才の数々。日本人の名はありません。
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/dyslexia/adfs/school.html

欧米はもちろん、フィリピンより遅れている日本のディスレクシアの教育。
わが子も低能児にくくられたまま、途方にくれます。
Comment by ryok @ 2015/11/09 9:56 PM
先生
数々のご無礼、誠に申し訳ありませんでした。
調子に乗った挙句に自惚れた発言、弁解の余地もございません。大変失礼をいたしました。
お手数ですがこのコメントも削除をお願いいたします。
Comment by のっち @ 2015/11/11 12:22 AM
のっち先生

いえいえ、無礼だなんてとんでもないです。コメントありがとうございます。こちらこそ、返信コメントをするのが遅くなってしまい大変失礼しました。

「途中がない」子どもの指導は本当に根気が必要で苦しいですよね。学校平均ぐらいは取ってくる生徒でも、丸暗記の限界を過ぎるとここに嵌りこみます。

私もまだまだ最善の策は見つからないまま今に至ります。
Comment by ロカビリー @ 2015/11/12 7:44 PM
のっち先生、言葉が足りずごめんなさい。
私は、うちの子のような子供たちの事を、真剣に考えてくれている塾の先生方がおられる喜びのあまり、お伝えしたかっただけなのです。
彼らが学習の成果がなくても塾へ通うのは、音声(先生の声)で入る学習の情報を頼りにしているのと、何よりも先生方の愛情(自分のことを真剣に考えてくれている)を楽しみにしております。たいていは学校で見捨てられており、教員は冷ややかなのです。
生まれつき文字に問題があり学習に支障ある人は、程度の差もありますが、40人クラスに2〜3人はいます。

うちは上の子(中3)はかなり読む・書くが困難です。下の子(中1)は成績表が4と5ですので見落しそうでしたが、鏡文字と文章の行と行が交錯しています。本も「疲れるから」と、読みたがりません。
今は中3の子が、縁があり、カリキュラムがガチガチの受験用の大手の塾へ通っているのですが、塾の先生が大変愛情深いという理由で、本人の意思でつづけています。
授業料は、払う方は「成果ないなあ」、貰う方は「割に合わない」感じだと思います。

もし、カリキュラムを柔軟に対応できるなら、その子だけヘッドホンで音声で勉強できるようにしていただけないでしょうか。講義以外に、筆記で長く回答する時間(ただの混乱タイムです)があるなら、その時間は音声を聞く時間にしてあげてください。
英語はCDが売られているし、
http://www.npo-edge.jp/work/audio-materials/
ある程度の種類は教科書の音読あります(ロボット音声ですが、良いです)。

あとは、コンピューターの文字なら見えるのも特徴です。(アメリカのコンピューター会社の天才創始者は失読症が多いので・ここまでくると笑い話ですよね!)
コンピューター入力の予測漢字は上手く変換できます。iPad学習の効果あるとも聞きました。(人工知能の研究が進んでいるリクルートのWEB学習で試し始めています。)

ただし、あたりまえですが、学習自体の効果はあったとしても、筆記試験の偏差値には直結しません。受験にコンピューター持ち込めないし。
高校へ行っても、授業もテストも筆記は増え続けます。根本の解決にはなりませんね。
やっぱり困ります。私も困窮でハゲそうです。
また、考え抜いてハゲが進んだら連絡します!

とにかく、生徒さんを可愛がってください!!!一番のお願いです。
Comment by ryok @ 2015/11/13 12:35 PM
ロカビリー先生
ご返答ありがとうございます。
自分の人間性も含め、一から出直してがんばります!
Comment by のっち @ 2015/11/14 3:37 PM
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