やはり波乱はあるけれど

 このブログにも既に何度か書いたが、今年の中3は、今のところ歴代最弱のメンバーだ。学力、彼らの志望校までの距離ともに厳しい。

しかし、彼らの合格を請け負うのが俺の仕事なので、現状認識とこれからの戦略を立てて個別にアドバイスを送っている。また、授業中も、例年以上に引き締め、厳しさも増している。

数日前に書いた、「宣告」をされた生徒だが、結局、あのブログから数日後に自ら退塾を申し出た。理由は「塾がきつい」「もっと楽な勉強したい」ということだったので、俺は親もこのことを知っているのかということを確認して、「わかった」と受理して終わった。

しかし、翌日この生徒の保護者が塾に現れ、辞めたことをその日初めて知ったということを言われた。この生徒は親の承諾を十分に得ないまま、俺に退塾を申し出たのである。保護者はもう1度家族でよく話してみますと仰っていたが、まず戻ってくることはないと思う。(仮に戻るという意思をその生徒が表したとしても、受けるつもりはない)

10名で船出した新中3だったが、1か月で早くも脱落者が1名出た。中1のはじめから在籍していた生徒でさえ中3のこの時期に脱落するのだから、この学年はこの後も何人か脱落者が出るかもしれない。しかし、それも覚悟の上だ。(俺の塾は中3の途中入塾は認めないので人数が増えることはない)

とにかく、中学生でも自分の目標に責任を持たせたい。

手に入れたいのならやれ。自分で決めたことぐらいやれ。
やれないのなら手に入れるのをあきらめろ。
そしてやらない人間は去れ。

この学年には特に、そういう姿勢を貫きたい。

ロカビリー * 教務のブルース * 23:41 * comments(0) * -

語呂合わせの偉大さ

 塾講師に音感やリズム感があると、授業に大変役に立つことが多い。授業中に歌を歌う人はあまりいないだろうから、メロディは必要ないとしても、リズム感があるかないかは大きい。話が上手い人や、生徒に暗記させることが上手な人はだいたいリズム感がいい人だ。話しのフレーズ、言葉の粒のそろえかた、リズム、場合によっては黒板にチョークで文字を書く音さえもリズムに乗っていることがある。


俺はこれまで勉強のみならず日常生活のおける暗記においても、随分と語呂合わせという技に助けられてきた。語呂で暗記すると、頭の中の収容能力が2倍にも3倍にもなる。また、語呂合わせの基本は「遊び心」なので、勉強にそういうものを入れることも大変重要だ。

俺自身、語呂で覚えて来たものも多く、自分で考えるのも好きだった。塾で子どもを教えるようになってからも、生徒にいろいろな語呂を教えている。

時々、自分で頭がいいと思っているヤツが「語呂合わせ?そんなのナンセンスだねえ。ロジカルに考えながらやれば、語呂で暗記なんてまったく必要ないね〜。僕は語呂なんかで覚えたことはないよ〜。」みたいなことを言う。


「へえ、すごいね。じゃあ、九九はどうやって覚えたんだい?」とたずねる。

「ん?それはもちろん、ににんがし、にさんがろく・・・」

「こらっ、それも結局語呂じゃねえか!」

「そっ、それはだって・・・九九はさすがに。でもそれ以外は語呂なんて・・」

「じゃあ、周期表は?」

「・・・あれは・・・すへいりーべぼくのふね・・・」

「やっぱり語呂で覚えてんじゃねえか!」

こういう笑い話みたいな本当の話はよくある。

あらためて、九九を考えた人間は偉大だな。フィリピンで子育てをしている日本人に話を聞くと、フィリピンにはそういうものはないから、本当の丸暗記らしいもんな。これはきつい。九九がなかったら、日本人の計算能力は今ほどにはなっていないはずだ。

自分が教えるようになってからも時々生徒に語呂で教える。有名どころは昔ながらのものをそのまま教えるが、そればかりではつまらないので、自分で考えたものもよく出す。ただ、俺は生徒に下ネタを言わない先生なので、その方面が使えないという制限があるのが苦しい。語呂なんて自分のオリジナルだと思っても、どこかで誰かが同じように教えていることも多いけどね。

一口に語呂と言っても奥が深い。

まず「語呂と視覚型」。たとえば、道のり、速さ、時間の超有名な公式の「み・は・じ」。実際は「み」を上に、その下に「は」「じ」が横並びになっている公式。あのシリーズは理科でもある。圧力の公式「力・あ・め(力・圧力・面積)」、密度の公式「し・み・た(質量・密度・体積)」などがある。三国干渉の国を「独露仏(ドクロボトケ)」、三国同盟を「独墺伊(毒多い)」、三国協商を「英露仏(エロボトケ)」と覚えるのもこの部類だ。

次に「リズムと勢い型」。社会の地理なら、面積上位五か国。「ロ・カ・ア・中・ブ」。これはもう、その場で10回ぐらい連呼して勢いで覚えてしまうもの。ほぼ同時期に覚えてもらう人口上位五か国。これは少し工夫が必要だ。ちなみに、中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジル。困るのが、インドとインドネシアの両方が入っていて、しかも最初の3文字まで同じという厳しさ(笑)。ここは思い切ってリズムに任せる。日本の音頭「チャチャッ、チャッ!(アソーレ)チャチャッ、チャ!」のリズムだ。

チュウ・イン・ア、(アソーレ)インドネシア・ブッ

チュウ・イン・ア、(アソーレ)インドネシア・ブッ

ポイントは最後の「ブッ」をキレのいい発音にすることで、生徒がなぜか笑いだし(恐らく「屁」を想起している)印象に残る。

あとは「ストーリー型」。語呂合わせの前にストーリーを語る。

日米修好通商条約で開かれた5港「兵庫、長崎、新潟、函館、神奈川」は中学生にはなかなか覚えづらいものだ。そこで生徒たちに語る。
〜子どもの頃、友だちがツバメのヒナを拾って、かわいいからみんなで飼おうとしたんだけど、知識もなく数日後に息絶えてしまってね。子どもながらに悲しくて、みんなでお墓を作ったんだよ。日米修好通商条約が出てきたら、この話を思い出してください「ヒ・ナ・ニ・ハ・カ」です。〜

公民では常任理事国の5か国。「アメリカ、フランス、ロシア、中国、イギリス」。

〜僕がはじめて身内以外の結婚式に出た時の話。会社の先輩だったんだけど、式の本番で、当時流行っていたインドの超能力者サイババの格好をして、ギターを弾いてくれという無茶なお願いをされてね。サイババって髪型がアフロなんだけど、僕はその日のために衣装や5000円ぐらいするアフロのカツラも買って準備万端だったんだ。でも、いざ、本番というときに、ホテルの人から「その格好はちょっと・・」と注意されて結局できなかったんだよ。そういうわけで常任理事国はこう覚えよう「ア・フ・ロ・中・イ」〜

まあ、このように、語呂合わせだってなかなか大変なんだから。考える方はね。ましてや俺の塾はせっかくいいのを作ったと思っても、普段が張りつめた空気でやってるから、こういう話をしても思ったほど笑いも起こらないし(笑)。「ア」をアフリカとか覚えたり、「イ」をイスラエルとか覚えたりする生徒がいると挫けそうになるね。









ロカビリー * 教務のブルース * 16:31 * comments(2) * -

茶番はいらない

 厳しい1年になると覚悟をして指導を続けている中3。

10人いるが、全員が先日の模試判定ではC以下(合格圏はB以上)。内申点も約半数が足りない。


そんな状況の中、各自学習プランを作成し、春期特訓からそれに基づいて学習を進めている。授業は週3日だが、俺の塾では中3には優先的に自習室を解放し、彼らは塾がない日でも別に週2日、自分の席が確保されている。

中2あたりからダレはじめたこの学年。中2時点で半数ぐらい辞めるのではないかと思ったが、途中退塾者2人を出し、中3から新たなメンバーを2人加えた現メンバーでなんとかやっている。

予想はしていたが、学校が始まってボチボチ受験へのモチベーションが下がってきている生徒が見られる。

こういう時、俺は「やる気が出るまで待つ」という方法を過去に取ってきたこともあったが、中3に関してはそれをやるのをきっぱりとやめた。特に今年からは自分の志望校に対して、やる気や具体的な行動が見られない場合は「事務的に処理」することに決めた。

受験にはドラマがある。しかし、茶番はいらない。

俺がいう茶番とはこんな感じだ。

中3の4月、結構がんばる。5月、だんだん部活に意識が行き自習に来なくなる。6月、受験勉強が明らかにおざなりになり始める。7月、そういう積み重ねが定期試験や内申に反映する。8月、部活を引退して少しやりだす。9月、学校が始まりまた気持ちが分散し始める。10月、11月、先生から激を飛ばされ何とか内申点の最低限は取る。12月、まだまだ本気になれない状況で、先生から「最終通告」を受ける。1月、「ここまできたのだから志望校は下げたくない」と泣きを入れ、やっと本気でやりだす。2月、少しずつ上がっては来るが、やはり合格ラインに届くためには距離が開きすぎている。3月、直前には合格可能性30〜50%ぐらいにまで持って行くがあえなく不合格。不合格した生徒が言う。「くやしいです」あるいは「一生懸命やったので悔いはありません。」。先生が言う「高校はゴールじゃない。君はよくやった。」


こういうのはやりたくない。こういう茶番は絶対に御免だ。ドラマというのは、信頼関係に基づく生徒の真剣と先生の真剣がバチバチと教室に響くようなものでないといけない。


さて、本日、ある中3を呼び出した。先週、自習に来なかったからだ。彼らには3つの選択肢を提示した。

(1)この場で志望校を下げる

(2)自習室の使用を辞退する

(3)退塾する

どれも選ばないというのは認めない。その場合は自動的に退塾である。

その生徒は(1)を選んだので、今週中にあらたな志望校を言ってくるように話をした。しかし、その後、また自習室を利用しないことが続けば、(2)を受け入れてもらう話もした。中3のために開放している自習室は金銭的には無料だが、俺の配慮は「タダ」ではない。自習室の席の年間優先確保という俺の配慮は、金銭ではなくて生徒のやる気との等価交換だ。だから、それができない場合は、権利を放棄してもらい、かわりにやる気があり見どころのある中2にその権利を与える。きっと、そういう中2は個人的に指名されたことを嬉しく思うだろうし、意識の高い中3たちのなかで自習することもさらにプラスに働くだろう。

この生徒以外でも、少し自習に来る回数が減ったり、塾が終わった後に、塾の外でたむろしてしたりする生徒がいる(先日のブログに書いた通り、教室内であれば大目に見るが、塾を一歩出たら、たむろ・寄り道は即刻退塾の対象としている)。

たむろに関しては、次は即退塾だという話をして、あとは、最近塾であからさまにキツそうな顔をして授業を受けている生徒と、何やらかんやら忙しくて時間がないとか、どーこーだと教室で他の生徒に愚痴をこぼす生徒にも直接話をした。

「おい、君な。イチイチ、きつそうな顔をするな。何のアピールだ?本当に体調が悪い時の顔は僕にはわかる。でも君のはそうじゃない。『こっちはきついんだよ』というアピールの態度は認めない。今度、そういう態度を見せたら帰宅してもらうから。そして2度と来なくていいので。」

「君は、自分で決めたことや引き受けたことに対してグダグダ文句ばかり言うな。志望校も君が決めたこと。生徒会も君が大変になることを承知で引き受けたこと。他の誰も君に強制はしていないはずだ。それを話し合いが長引いてどうだ、原稿をやり直しさせられてこうだとか言うな。そういう姿は見苦しく、恥ずかしい態度だ。そういう態度なら、どれか辞めればいい。塾でもいいぞ。」

こういう話をするとき、俺は相手の生徒の目をみて絶対に視線を外さない。もしも相手の方が視線を外したら「おい、こっち見ろよ!」と必ず視線を向けさせる。こちらが絶対に引いてはならない。

結局、複数いた「いかにもきつそうな顔」の生徒は、その後「普通の顔」をして授業を受け、それだけで教室の雰囲気はガラッと変わった。

少し苦しいとすぐに態度や言葉に出てしまう人間に目標到達はないし、人間的成長もない。自分がきついことに気付いてもらうこと、それを他人から何とかしてもらおうとする態度は幼児と同じだ。

苦しいことやきついことをグッと胸の奥にしまい、顔を赤くし、唇を噛みながらやることで人は成長する。

心を強くし、実力をつけるための第一関門。それは、やせ我慢ができることだ。グッと内に秘めることだ。





ロカビリー * 教務のブルース * 22:54 * comments(0) * -

終わってからが長い塾

 小学生はだいたい定刻に授業終了するが、中学生はなかなかそうはいかない。中学生に関してここ数年は、できるだけ授業延長をしないようにしているし、確認テストで追試になる生徒もほとんど出ないのに、なぜ、生徒たちは帰らないのか。

その日の授業で問題をしっかり解いて理解できた生徒たちは、授業終了後に談笑している。俺の塾は少人数ながら複数の学校が集まるので、学校の友だちとはまた違った「交流」の時間が楽しいのだろう。俺も授業中は集中することを生徒たちに相当厳しく要求している分、終わってからのことにはけっこう甘い。でもまあ、限度があるから、まだ問題をやっている人に気を遣いなさいとか、迎えに来られる保護者を待たせてはいけないとか、そういう注意ぐらいはする。自転車で帰る生徒はあまり帰り遅くなると補導される可能性もあるし。翌日の朝もつらいだろうし。

別の理由として、その日学習した内容の問題で解けないものがあったり、あまりよく理解できなかったりした問題の「やり直し」や「質問」をする生徒が残っていること。この中の「質問」はその日のうちに必ずするように指導しているが、「解き直し」については以前は必ずその場でやらせていたものの、帰宅時間が遅くなるので今は自主的に家でやってよいということにしている。まあ、生徒にしてみれば、もうこの場でやって終わらせたいのだろう。


あらためて、生徒の指導では「学習の根っこ」の部分を1日も早く構築してあげることが大事だと思う。説明が始まったら顔を上げること。指示された問題を、習ったやり方で解くこと。間違えたら、どこで間違えたのか、何のポイントが欠けていたのかを確認すること。その上で解決しない場合は俺に質問し、わかったら解き直しをすること。

これらが俺の指導では「学習の根っこ」にあたる部分。特に、他の塾から移ってきた生徒を教えて感じるのは、これが全然できてない生徒がとても多いことだ。つまり、聞いていない、写していない、解けないまま、わからないまま、もちろん質問などしない。ダメ社員やダメ公務員同様、彼らの勉強は「時間」が基準。授業の終わりが勉強の終わりなのだ。授業が終了したら迷わずテキストやノートを閉じて帰る態勢に入る。こういうのが本当に多くて驚く。

元々俺の塾にいる生徒でさえ、この「学習の根っこ」がきちんとできるまでには相当時間がかかる。この「学習の根っこ」は「根っこ」というだけあって、指導者がよく観察しないと地下に潜っていてなかなか見えない子どもの学習行動である。俺はその泥の中に手を突っ込んで、根っこをつくる。根っこさえできれば、あとは表面に見えること中心に対処して行けばいい。

今日も、ある中3の生徒を見ていて思った。この生徒は入塾してまだ2か月だが、どの教科も1、2年の内容はひどい状況なので、自習に来て復習に時間を使っている。理解力は悪くないので、たとえば理科の電流・回路やオームで質問して、俺の解説をきいて「あ!そういうことですか!」と驚いたリアクションを取る。しかし、まだ根っこができていないと思うのは、その後、様子を見に行くと別の教科をやっていることだ。これ、ダメだよな。根っこができている子なら「わかった!」時点で一気に問題集で解きまくる。そこでさらなる確信を得て深い理解や定着につながっていくのに。根っこができていない子は「わかった!」でお終い。だから次がつながらない。

できるだけ夜が遅くならないようにしたいんだけどね。保護者の方にとても嫌がられているご迷惑をかけてしまうし。

ただ、本当に「学習の根っこ」、ここをしっかりつくらないと、何をやってもダメだから、これだけはどうしても譲れないんだよなあ。そういうわけで、俺の塾、授業が終わってからが長い。

「わかるまで帰らない」「わからなければ必ず質問」「わかったら、すぐに問題を解く、解きなおす」。


ロカビリー * 教務のブルース * 15:37 * comments(0) * -

君の気持ちを無駄にしない

 新中3の第1回目の模試が返ってきた。

このブログに既に「歴代最弱」の学力と書いてきたが、模試結果もそのまま厳しいものだった。塾内平均偏差値もさることながら、それぞれの第1志望でB判定(実質合格圏)以上が「0人」という結果だった。だいたいうちの塾生は春の段階でほぼ全員が現状の力よりも高い志望校を書くが(それは悪いことではない)、それでもB判定以上が「0人」というのは今までにないことだ。

模擬試験は新しい業者のものに替えて2年目に入る。昨年は5年間ずっと使ってきた業者から思い切り替えた最初の年だったので、俺は模試の問題や採点、データの信用性の点で非常に神経質になっていた。結論として、業者を替えたことは大正解だった。

問題の出題傾向などもよく考えられているし、採点基準もおおむね明確である。心配だったデータの件も、合否結果と先日、得点開示に行ってくれた生徒たちの点数とすり合わせることによっていろいろなことがわかってきた。

まず、模試偏差値データについては合否結果と100%一致した。塾生8名中、7回の模試の平均偏差値が志望校の偏差値を超えていた塾生は全員合格(6名)し、下回った生徒は全員不合格(2名)だった。高校受験では県下で実施される模試のデータと本番の合否結果が一致しやすいことがあらためてわかった。

これまで模試はほぼ独占状態だったところに新規参入したこの会社は、恐らく、母体数では俺が以前使っていた業者を完全に抜いたのではないか。俺の周囲の塾でも「乗り換え」をよく耳にするし、いちばんわかりやすいのは、その会社、いつのまにか支店が増えている(笑)。まあ、そうだよな。模試は一発当たればかなりの収益になるから。これまで独占状態だった某会社も、昨年俺が模試をやめたからだろう、所長が何度か電話してきた。これまで、そんな営業1回もしなかったのに。しかし、市場を独占することの危うさ、特に、独占状態をいいことにユーザーの声を無視し続けるとどうなるかという見本のような現象である。

今回、公立入試に合格した6名全員と、不合格だった2人のうち、トップ校に挑み唯一不合格だった1名も得点開示に行ってくれた。俺のような小さな塾では、こういうデータをコツコツ集めることが後の指導に役に立つのだが、いつも有難いのは、不合格した生徒が「自分のデータを後輩の役に立ててください」と、不合格になった高校へわざわざ再度足を運び点数を訊いてきてくれることだ。本当に、どんな気持ちで行ってくれたのかを考えると目頭が熱くなり胸が痛くなる。今回も、トップ校に不合格した生徒は、他の合格した誰よりも早く真っ先に点数を報告しに来てくれた。紙切れに自筆でメモした得点を俺に差し出し、俺は深く頭を下げながら「本当にありがとう。役に立てさせてもらいます。」と、その小さな紙切れを両手で受け取った。彼は「はい。先生、もしも他の人の点数が分かって、ボーダーが予測できたら教えてもらえますか?」と頼んできたので、俺は「ああ、もちろんだよ!」と答えた。そして、この生徒のデータのおかげで、今年のトップ校のボーダーがわかった。(わが県の公立高校ではボーダーは非公表)

この不合格だった生徒は、夏から志望校を2番手校からトップ校に上げ追い上げたが、模試の平均偏差値はトップ校に「−1.5」だった。模試データの信憑性が高いことはわかっていたが、その生徒も俺も最後まで合格を信じてやった。俺自身は「当日の問題によっては、いけるかもしれない」という手ごたえを持っていた。彼は数理に強く、特に理科は塾内トップの実力。ネックは国語と英語だった。入試翌日、問題を見て俺は「やった!」と思った。国語がそれほど難しくなく、英語は少しその生徒には厳しいとは思ったが、理科が昨年よりもかなり難化していたので、実力が発揮されたら逆転できているはずだと期待が大きかった。しかし、結果は不合格だった。

さて、不合格だった生徒の得点は229点。教科別にみると、数学と理科は作戦通りまずまず稼いでいる。社会もよく取れていたが、国語と英語が問題の難易度にしては取れていない・・。俺はこれを見た時、「うわあ・・惜しいなあ。たぶん、今年の問題なら、あと5点ぐらいじゃないかな・・」とその生徒に話した。

ところが、「5点」ではなかった。トップ校に受かった3人のうち、最も点数が低かった生徒の得点・・・・「230点」・・・・

悔しすぎるが、これが入試だ。俺は不合格だった生徒にすぐに連絡した。その生徒は律義にも俺に礼を述べ、俺が「あと1点だった」ことを伝えると、「ああ・・・本当にギリギリだったんですね・・」と言った。

その後、「あと1点」どころではなかったことが判明する。合格者に、うちの塾以外の友だちの得点開示もわかったら、できれば教えて欲しいと頼んでおいたのだが、「229」「227」で合格している者がいることが明らかとなったのだ。つまり、不合格だった塾生は、ボーダー上で「内申」によって敗れたのである。このトップ校、これまではあまり内申を見ず、本番重視の傾向が高いと思われていたが、昨年と今年の2年連続、本番の得点でうちの塾生が合格最低点を上回ったにもかかわらず内申によって敗れたことにより、本番得点のボーダー上では内申の比重が高くなる可能性が高く、場合によってはこれまで生徒や保護者に伝えてきたこのトップ校の「標準内申の基準」を上げなければならないと思った。

そろそろ模試と入試結果をすり合わせる分析も終わろうとしているが、もう1つあらためてわかったことがある。昨年もそうだったのだが、塾内の合格者の本番の得点を比較すると、普段の模試や、直前の俺の手応えと一致していないことだ。

たとえば、今年の入試で、俺の塾からトップ校にA、B、Cの3人が合格した。7回の模試の平均偏差値の順ではA→B→Cであった。Aは春から夏明けまではずっと塾内トップ。1度もトップ校の内申を下回ったことがない。武器は社会と英語だ。しかし、本番直前の1か月の伸び具合を見たら、Aが不安と緊張からやや失速を見せ、Bが年明けからぐんぐん伸びてきたことによりB→A→Cとなった。Bは数学がめっぽう強く、直前はさらに磨きがかかったので俺は本番で満点を取る可能性もあると思っていた。Cは偏差値でも3人の中では最も低く、特に武器になる教科を持たず、反対に数学と理科には爆弾を抱えていた。偏差値も、平均ではトップ校偏差値に届いているものの、3人の中では最も不安定だった。本人も、直前は同じ高校を受ける他の塾生の結果を気にして、自分がどんどん差を広げられていることに不安になっていた。

直前の俺の感覚では、合格可能性が高い順にB→→A→→→Cだった。

しかし、入試の得点開示結果は、C→A→→→Bの結果だった。AとBは、それぞれ自分の最も得意とする教科で思ったように得点できていないこともわかった。最も不安定だったCは、どの教科もほぼ自己ベストに近い得点だった。Bは幼少のころから将来を嘱望されるほどの陸上選手であり、大会前は常に優勝候補と目されていたが、いざという大事な大会ではことごとく怪我やアクシデントで勝てなかった過去を持っていた。3人の中で突出した数学力を持っていたCだが、満点を取って来るのではないかと思った得点は大きく崩れ、3人で最も低かった。一方、3人の中で最も不安要素が多かったCはこの中で唯一、中学受験の経験があり、塾内実施以外の模擬試験や併願の私立高校受験数も塾内で最多であった(私立は4校も受けている)。

このように、毎年、数値と生徒たちの性格、模試の回数、併願私立の受験数、過去の経歴などによる心理状態まで分析することによっていろいろなことが見えてくる。得点開示に行ってくれた生徒たちに感謝したい。そしてまた、毎年、不合格になっても点数を訊きに行ってくれる生徒たち。俺は彼らの気持ちを決して無駄にすることなく、塾生指導強化に生かすことをここにあらためて誓いたい。







ロカビリー * 教務のブルース * 20:02 * comments(0) * -

テキストが決まった(英語)

 おお、やっと最終回だ。

これはシリーズもののカテゴリーには入れていないが、シリーズものを書くとき、第1話の書き始めはいつも躊躇する。というのは、特に教務ネタはだいたい2話ぐらいで書いている俺自身が飽きてしまうからだ(笑)。ただやはり中途半端は気持ち悪いし、少なくとも全国で6名の方は楽しみにしていただいているようなので完遂したい。

俺の塾の英語の授業のメイン教材が学校の教科書であることはこれまで何回も書いた。昨年から教科書が改訂となり、採択も新しくなって、わが地域は「ニューホライズン」だ。この教科書がまたメチャクチャいい。ユニットが進むごとに、また、学年が上がるごとに惚れ惚れするような英文がたくさん出てくるのである。教科書本文の精読による実力アップはこれでさらに期待が高まるところである。

さて、教材の話に移る。

中1と中2は教科書精読がメインになるので、持たせる問題集は必修テキストとワーク英語の2冊。もちろん、どちらも準拠版だ。必修テキストは「やさしすぎる」ために持たせていない時期もあったが、教科書が難化した分、それに合わせてつくられた必修テキストの質もさらに上がった。ワーク英語の方は、学校教科書の本文や文法を「渋い切り口」で設問にしているところがいい。ただ、この会社、どうしたことか昨年は大量の誤植を出してしまい、テキストが全交換となった(クラウン中3)。今年もやはり訂正がいくつかは入っている。でもまあ、ワーク英語の設問は「上級者向き」が多いのでやはり俺は好きだ。

中3はさすがに準拠を2冊持たせても仕方ないので、定期試験用としてはワーク英語準拠版を1冊のみ。受験用としてはオリテキ英文法演習。オリテキ英文法は中1から受験レベル(偏差値65程度の私立高校あたりまで)の文法問題がなかなかしつこく入っていてよい。特に、疑問詞を使う疑問文や代名詞、冠詞あたりでしつこい問題集はなかなかないので、ここ数年、基礎力養成用として採用している。他社のもので、オリテキ英文法と迷ったのは「パターン練成問題集」だ。これも1つの単元に「これでもか」というぐらいの問題量を詰め込んでいて人気の高い教材だ。(特に一般動詞は圧巻)。数年前にこの2冊で迷ったとき、決定打となったのは、先に挙げた冠詞や代名詞のところの問題量がオリテキの方が上だったこと。あとは、形容詞の用法で、パターン練成は和訳と英訳が中心の問題が多く、オリテキの方は同意文への書き換え問題(穴埋め式)になっている等、問題の作り方の好みで決めた。まあ、俺は「同意文書き換え」が好きなので、そうするとその手の問題が豊富なオリテキということになる。

中3は例年テキストは3冊。昨年までは上で述べたワーク英語とオリテキ英文法演習、それから実力練成テキストだった。実力練成テキストは基礎から難関国私立までの問題が入っていてずっと使ってきたのだが、この地域の最近の私立入試問題からすると、要点整理や問題が「やや古い」と感じるようになった。それに、この教材は約半分以上が「国私立向け」問題なので、私立入試が終わると途端に用がなくなってくる(笑)。だから、もう少し要点や問題が新しいもので、できるだけ公立入試まで使える教材、しかも国私立レベルの問題も入っているものを探していた。

そしてついに、今年度、実力練成テキストに代わる英語教材を採用した。

「サクセスコーチ」である。


実は、このテキスト、俺はこれまで全然ノーマークの教材。カタログにあった記憶もないし、業者が見本で送ってきたこともないと思う。そんな教材をなぜ見つけたか。kamiesu先生から教えていただいたのである(先生、ありがとうございます)。kamiesu先生が推される教材だから、当然いいものであることはそれこそ見ないでもわかるようなものなのだが、さすがに何年も使い続けてきた実力練成テキストに代わるものなので俺も慎重に検討した。業者から見本ではなく購入して、特に中3英語に時間があればいつも目を通していた。

それで結局、確信をもって採用ということになった。

この教材のいいところはたくさんあるのだが、いくつかあげると、まずは「思いやりがある」ところ(笑)。やや難系の教材の不親切なところは、新しい文法を集中して学びたいのに、未習の単語が容赦なく出てくる。そうするとせっかくの演習リズムがそれによって崩されることも多い。このサクセスコーチも未習単語は出てくるのだが、巻末に各章ごとの「word list」が収録されているのだ。さらに、2〜3章終わるごとに「単語・熟語テスト」「復習テスト」がある。復習テストぐらいはどの問題集にもあるが、「単語・熟語テスト」がついている標準版の問題集はあまり見たことがない。この単語テストもよく考えられていて、私立入試で好まれて出される比のパターン「例)eye : see =ear :(   )」のように出されいる。うーん渋い。

あと、実力練成テキストもそうだったように、やや難系の教材にある長文は大半が「私立」の長文だが、何と、サクセスコーチは全国の公立入試の長文ばかりなのだ。実力練成の時は公立入試が終わると目もくれなくなる長文だったが、この教材なら公立入試直前までずっと使える。

要点の整理の仕方も「新しい」。特に、「本質へのアプローチ」というコーナーでは、will とbe going toの違いや、couldとwas(were) able toとの使い方の違いという中学生で英語が得意な生徒の興味を引きそうな解説から、recentlyとthese daysの用法の違いなど、大学受験レベルの英作文でも注意しなければならない高度な情報までが、中学生にもわかりやすいように一口メモ形式で書かれている。やるねえ。

もうきりがないので最後にするけれども(笑)、「後置修飾」という章や、「節」という章があるのを見た時は、思わず笑ってしまうぐらい嬉しかったね。こういうのは、だいたいバラバラに出てきて、指導者があるとき「まとめプリント」を作って生徒に紹介するでしょう?このテキストは、最初から「そのような章」を作っているのである。これは中学生の英語教材では新しい。

まあ、問題集の種類としては穴埋めと語順整序が多いので、この辺は好みになるよね。でも、俺は、学校教科書、オリテキ英文法演習、ワーク英語に加えてこの「サクセスコーチ」が入ったことにより、間違いなく過去最強の英語教材の布陣になったと思っている。今年の中3は力としては厳しいので、各教科、教材の力が及ぼす影響もやはり大きくなる。

さて、この教材のよさはみなさんに伝わっただろうか。この教材、見たくなりました?何か芸能人のペニーオークションみたいになってきたからこの辺にしておこう(笑)。

まあでも、俺はこの教材を知って採用できたおかげで、この1年間が本当に楽しみになった。どこまでこの教材で生徒を伸ばせるか。あとは俺がきっちりと指南して行くことだよな。

というわけで、教材シリーズを終了したい。もういい加減、今年で最後にしよう(笑)。
ロカビリー * 教務のブルース * 23:17 * comments(2) * -

国語は「じっくり」

 7期生になる新中3。

学力としては、過去最弱かもしれない。その主たる原因は国語だ。語彙が少なく、言葉が幼いことがそのまま行動を短絡的で幼くしているように思える。中2の頃には相当危険な中だるみ状態になり、授業を潰して何度も説教をした。

そんな彼らが受験生になり、春から「じっくり」取り組んでいるのは国語だ。

先日も書いた通り、中3国語はウイニングフィニッシュを通年用教材として使っている。この春期からやっているのは、その中の「強化学習」というコーナーにある設問別問題だ。

5行〜7行の文章に設問がわずかに1つ。これを50分かけてじっくり取り組ませている。2年まではウイニングで20行から35行程度の文章を読ませ、それを図式化してきたが、なかなか読解力を向上させることができなかった。彼らにとって20行から35行の文章は「長すぎる」と判断した。

そこで、今年は短い文章を正確に読むトレーニングをじっくりやっている。

スポーツもそうだが、「速くできる」ためには、まず「ゆっくりできる」ところからはじめないといけない。読解も同じで、速く読めて内容を掴むことができるのは、まず「ゆっくり読んで正確に内容がつかめるか」ができなければならない。それができるようになって、少しずつ距離を長くするように、長い文章を速く読めるようにして行く。彼らには制限時間を設けて入試レベル長文を読み、設問に答えることは少し先になると思う。(俺の計画では夏休み後半)


しかし、この試み、やってみてよかった。彼らがいかに「読んでいるのに読めていないか」が浮き彫りとなったからだ。

たとえば、春期の第1回目にやった文章。原研哉「日本のデザイン―美意識がつくる未来」。

紙は今日「印刷メディア」と呼ばれることが多いが、旧メディアの古めかしさを全て紙に背負わせてしまうような言い方には違和感がある。紙は確かに文字との関わりにおいて人間の創造性を触発したはずだが、その魅力は単に印刷できる枚葉性に集約されるものではない。紙の触発力は、第一にはその「白さ」においてであり、さらにはその「張り」においてである。

たったこれだけ(テキストでは6行)。これをまず、20分ぐらい時間を与えて読ませる。まあ、余裕で10回以上は読める長さだ。意味が分からない語句はできるだけ自分で考えるようにと言っているが、どうしても分からない場合は質問OKにしている。チョコチョコ質問が出た後、10分も経過すると中には「もう十分すぎるほど読みました」みたいな飽き飽きした顔をしている生徒もいる。

20分たって、俺が質問していく。

俺「はいじゃあ、結局、この文章は何についての話?キーワードとしては何?」

生徒A「印刷メディア・・?」

俺「うーん・・・じゃあ、メディアって何?」

生徒A「・・・・・(沈黙)」

最初からもうこんな感じ(笑)。

だからもう「この文章は結局どういうことを言いたいの?説明して?」という質問にはほぼ全滅である。

まあ、ここまでは想定済みなので、今度は1行ずつ攻め込む。

俺「じゃあ、第1文目は?結局、どういうこと?」

生徒B「えっと・・・・(沈黙が続く)」

そう、結局、彼らは1文目から「ほとんど読めていない」のである。これまでもずっとそうだったのだろう。文章を読むときに「どういうこと?」がわからないまま、その文章の上を目が滑降していただけなのである。こと中学生の場合、下手に「設問で正解している」からと言って、決して「読めている」わけではないことに注意しなければならない。

そういうレベルなので、とにかく1学期間はじっくり読み込みをやる。1行目の意味を掴む。そしたら次は2文目の意味を掴む。それができたら3文目に行く前に、1文目と2文目の「つながり」を意識してもらう。それからようやく第3文へ・・・。

たった5行ほどの文章だが、俺から50分間ネットリと質問され続けた彼らは、この量からは想像できないほど脳みそが疲れただろう。

ただね。急がば回れで、秋以降のことを考えればこそ、今はこういうことをやらなきゃいけないんだよな。

しかし・・・・俺の予想を上回る「読めてなさ」で・・・・やりがいはある(笑)。ふう・・・

ロカビリー * 教務のブルース * 22:58 * comments(0) * -

テキストが決まった(理科)

 中学生の理科テキスト。塾教材の中でも、理科は優れたものが多く、いわゆる「はずれ」が少ない。しかし、依然として「理科嫌い」の中学生が多いのは、解説はともかく、演習問題の配列ならびに問題数が大きな原因だと思う。だから、理科教材はいいものが多いことは確かだが、学力がある程度高い生徒にとって「いい教材」であるものが多いことは否定できない。具体的には、これまで60点〜70点ぐらいしか取れなかった生徒が90点以上をめざす用の教材が多い印象がある。俺の塾でも開校当初はウイニング等の教材を使い、すごくいいのだが、どうしても「理科嫌い救済」までには至らなかった。

ある時、そこに救世主が現れた。「実戦問題集」である。俺はこの問題集の名前をブログに書くときには、たとえご迷惑に思われても猫ギター先生の名前を出さずにはいられない。なぜなら、この問題集と出会えたのは先生のブログのおかげだからである。

この問題集は、俺の塾の多くの理科嫌いの子を救済してきた。、俺の塾ではこの問題集を3部構成にして生徒に取り組ませている。「ポイント」「白問」「黒問」という呼び方をしている。まず「ポイント」という例題によって、超基本事項をつかむ。これはまとめノートや実践DOを見ながら行い、それでも理解ができなければ俺に質問するというもの。ポイントが理解できたら、今度は何も見ないでポイントをもう1度解いてみる。それができたら、ポイントのページにある、白い四角番号の問題、俺の塾で言う「白問」をすべてやることによって基礎が固まる。この白問のレベルはポイント問題と変わらないので、生徒もストレスなくどんどん解ける。この白問までをすべてやり、3回も繰り返せば、定期試験なら7割レベル、入試ならば基礎チェックがバッチリできるレベルだ。そして次に黒四角番号、俺の塾で言うところの「黒問」に入る。ここは定期試験の応用問題、入試問題ならば公立入試の標準レベル問題が揃っている。しかも、どれも測ったように、ポイントや白問の上に堆積されたような応用系の問題なので取り組みやすい。

この問題集の長所の1つは、他の問題集ではなかなかできない「しつこさ」だ。猫ギター先生が「スロープ状」という表現をされているが、とにかく、1つの単元を理解させるために、上から下から右から左からと言う具合に紙面を割いて類題をたくさん解かせる構成になっている。この問題集には、30点台、40点台の生徒を80点台まで持って行く力がある。60点台、70点台の生徒なら、90以上に持って行くことができ、あとの10点分は学校のワークや問題集をやり込むことで100点が目ざせるだろう。とにかく、ポイント、白問、黒問が1本の糸のようにつながっている問題集だ。

ただ、このテキストは「問題集」であり、解説は指導者がすべて行わなければならない。姉妹品の「実戦DO」というテキストも俺はずっと使っているが、このテキストはページ数も少なく、一見するとものすごくあっさりしている。しかし、使われている図がどれも頻出のものばかりで、解説の少なさは指導者が補足して行く技量があれば教材として十分使える。

実戦問題集のことについては、今でもあまり書きたくない。この問題集だけは今でもなぜかあまり知られたくない気持ちになってしまうぐらい良い教材だ(笑)。

実戦問題集と双璧をなす教材を上げるならば「オリジナルテキスト理科」だろう。オリテキ理科も実戦問題集と甲乙つけがたいほど良い教材で、これも理科嫌い救済テキストのの最右翼といえる。しかも、実戦問題集と違うのは、「授業ノート」がついているので、解説部分が確保されており、塾の先生が授業で使いやすい。そしてまた、この解説の用語や図がどれも無駄のないものばかりなのである。


俺の塾ではここ数年はずっと実戦問題集と実践DOを使ってきたが、欲が出て来た俺は、これと併せてもう1段上の問題集を持たせたくなった。

候補として最初に考えたのは実力練成テキストだったが、昨年、これまたいい教材が改訂されて出てきた。実力完成問題集である。これまでの実力完成問題集が改訂され「授業編」「演習編」という2冊に分かれた形になった。昨年は「演習編」を使ったのだが、レベルとしては実戦問題集の「黒問」レベルかそれ以上の問題もある。しかし、実力練成テキストの発展問題のような超難関国私立の問題は入っていないので、俺が探し求めていたレベルとしてはこちらの方がマッチした。実は昨年、「授業編」はその名前からしてあまり必要性を感じず、ろくに見ないで「演習編」を採用したのだが、「授業編」も立派な問題集だった(笑)。採用にあたって決定的だったのは、俺が欲しい問題、たとえば実戦問題集の方ではやや不足気味の「石灰石に塩酸を加えて行く問題」「浮力」などの良問が載っていることだった。ということで、俺の塾では年の理科は中2までは実戦問題集と実践DO、中3はそれに加えて実力完成問題集の「授業編」とした。あくまで実力完成問題集は、実戦問題集のポイント、白問、黒問をしっかりやりこなした生徒の次のステップとしての位置づけだ。

さて、ここまで大絶賛してきた実戦問題集にまったく弱点がないのかと言えば実はそうではない。中3の自由落下運動の内容が実践DOにも、実戦問題集からも抜けているなど、やはり部分部分でそういうところはある。そういう意味では、理科も「1冊で完璧」とは行かず、複数の教材でカバーして行くことが重要だ。

採用には至らなかったものの、その他の優れた理科教材としては、ウイニング、Iワーク(準拠)、ウインパスの理科などもそれぞれ特長があってがいい。特にウインパスは分野別・テーマ別の入試特集等、非常に良い教材だった。

あ、書き忘れたので最後に大切なことを。

何と言っても、今の俺の塾の理科の授業で欠かせない教材があった。

学校教科書だ。学校教科書には必ず目を通し、問題集の中に入っていない知識や図を生徒に伝え、付け足す。これをやらなければ、生徒の理科の実力を上げることはできない。俺はそう思っている。
ロカビリー * 教務のブルース * 17:14 * comments(2) * -

はじめから全力でいい

 

運動をするときはストレッチをして軽いジョグからはじめる。それらのウォーミングアップの後に、本格的なワードワークというのが普通だ。

そういうことを経験的に知っていると、受験勉強に対してもつい、最初は「軽めに」「徐々に」などと思いがちだ。指導者でさえ、受験生を送り出したばかりのこの時期は次の受験生に対してはやや自制して「軽めに流し」がちだ。


しかし、受験生の場合は、はじめから全力でいい。ウォーミングアップなどいらない。最初から全力疾走でいいのだ。いや、全力でなければならないのだ。最初から飛ばし過ぎて途中でバテることなど考える必要はない。それよりも、学校がない今の時期に受験勉強を本格スタートできるのだから、目いっぱいやってみて、むしろ自分の限界点を知っておくぐらいがいい。「ああ、さすがに1日10ページが限度だったか・・」とか「やっぱり1週間で問題集1冊は厳しかったな・・」などと、自分の現時点での学習キャパを知ることが大切だ。

春休みが終われば、学校も始まり、4月中旬からは本格的に授業も部活も委員会もはじまる。春休みよりも学習に当てる時間は短くなる分、やる量も減ると考えるのが普通だ。それなのに、春期に加減してやっていた人間が、学校が始まって春よりも学習量が増えるとは考えられない。やってなかった受験生は、学校が始まると「もっとやらなくなる」のである。そして何より、春に「限界点」を見なかったことは大きなビハインドとなる。

中学生の高校受験勉強なんて、最初から全力でいい。もちろん、浪人生の大学受験のように、たった一人で挑むのであれば飽きも来るし、精神的にバテテしまうこともあるだろう。しかし、中学生は幸運にも1日にいろいろなイベントがあるので勉強に飽きにくい環境にあるし、俺というコーチがいるのだから、バテテもモチベーション補給や引っ張って走らせることもできる。(精神的に)ぶっ倒れても俺が起こしてやるから大丈夫だ。

だから、俺の塾の受験生に、「最初は無理をせず軽めに」という考えは要らない。最初から全力で飛ばせ。この春だからこそ「うわあああ、もうこれ以上はあああ」という領域を見た方がいい。これまでの定期試験などとは次元が違う、受験勉強というものを自分の体と心に記憶させておく。その記憶が1学期そして夏へとつながる。勉強体力はそうやってついていく。

まあ、なかなかそこまでやってくれる生徒はいないのだが。
ロカビリー * 教務のブルース * 23:00 * comments(0) * -

細か〜いことだが

 個人塾には、他人から見れば「なんでそこまで・・・?」「それ、そんなに重要?」と思われるような、独特のこだわりや細かい約束事があることが多い。それが単なる奇人変人的趣向なのか、職人の芸術的なものなのかは見る人が見なければわからないことが多い。


さて、俺の塾でも他人から見たらどうでもいいようなことへのこだわりがある。それは「教室内における生徒の配置」だ。俺の塾はこれまで席を自由にしたことは1度もなく、すべて俺が決めた座席に座ってもらう。そして、年度初めに1度決めた座席は、最短でも次の年度までの1年間は変えない。そのまま2年、3年間も同じ席でやることもある。つまり、生徒の座席は原則として「俺が決め」「ずっと変えない」ということだ。

俺にとって、誰がどこに座っても同じ生徒じゃないかという感覚は全くない。AとBが前後逆に座っただけで、Cが1つ右に移っただけで「何か違うなあ」と感じてしまうぐらい重要だ。俺が座席を決める時、まず誰もいない教室で前に立ち、生徒1人1人の顔、性格を思い浮かべながらイメージする。この生徒は俺の立ち位置から近い方がいいのか、少し離れていた方がいいのか、正面がいいのか、右斜め、左斜めがいいのか、通路側か、壁側か。そしてこの生徒の隣に、前に、後ろにあの生徒が座るといい雰囲気になるなあとか・・・・。数分程度考えて「よし!」と思ったところでホワイトボードに座席を書き、塾に来た生徒から座らせる。実際に席に着いた生徒たちを前に立って見ながら「イメージ通り」になることがほとんどだが、まれに「失敗すること」がある。

俺が決める生徒の配置は、生徒全員が授業に集中しやすく、同様に俺が授業に集中しやすい配置にしているつもりだ。しかし、何か教室全体の空気の流れや回りがしっくりこない。そういう場合はだいたい配置を失敗していることが多い。断っておくが、俺の塾では授業中に私語や居眠りなどする生徒はゼロなので、配置の失敗というのはそういう表面的にすぐわかるようなものではない。ただ「何か違うよなあ」と感じるのである。そういう時でもそのまま授業を続けるのだが、やがてそのクラスから退塾者が出ることが多い。次の授業からその席が空くと、ガラッと空気が変わることもあるし、あまり変わらないこともある。また、やや停滞気味の雰囲気が続く配置の中で新しい塾生が入り、俺が決めた席に座らせただけで雰囲気が一気に変わることもある。

まあ、この話、「よくわかんねえよ」という人もきっと多いだろうが、とにかく俺の教務においては絶対に外せないことなのだ。


配置と言えば、勉強ができる生徒の机の上の配置は常に美しい。けっこうこういうことを細かく観ている人は多くないのかもしれないが、できる生徒の机上は無駄がないよ。たとえ置かれている物が多くても、それらが自然と機能的な配置になっている。反対に、できない生徒の机の上の配置は乱れている。無駄な重なりや歪みが多い。テキストや筆箱が半分ズリ落ちそうになっている。そのページをやるんだったらテキストを左に、ノートを右におくべきなのに反対に置いてやりにくそうにしている。あるいは、厚さのある教材を無理矢理2つ折りに反らせるように曲げて置く者もいる。ひどい場合になると、使わないテキストを積み上げ、そこにもたれかけるように使用教材を置き、斜めにして見やすくしようとする横着者も(笑)。そして不思議なことでもないかもしれないが、成績が良くなってくると机上の配置も良くなるケースが多い。

俺は風水とか霊的なことはまったく知らないし、膳の配置はマナーよりもとにかく自分が食べやすい様にという考えしかないが、教室の生徒の配置はどうでもいいというわけにはいかない。


ロカビリー * 教務のブルース * 22:33 * comments(2) * -
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